ダイアローグ160305

「会社」の壁 「自分」の壁


――「経営理念」とはそもそも何なのか? 分かりやすく説明してほしい。


「経営理念とは何か」を短い言葉で分かりやすく説明するのは、実は非常に難しいことだと考えています。それは、例えば「会社とは何か」「働くとは何か」「生き甲斐とは何か」といったことを説明するのが難しいのと同じこと。そして「企業理念」は、簡単には説明の出来ないそれらさまざまな事柄との間のダイナミックな関係性のなかで存在する。だから当然のことながら、スパッと簡単に説明できるものではない――。そこで、さまざまな角度から考察を加えながら、「企業理念とは何か」の本質を徐々にあぶり出していこう、というがこの『経営理念ダイアローグ』のコーナーです。

「経営理念とは何か」を短い言葉で説明するのは難しい、とはいうものの、まずはざっくりとでもいいからその全体像を掴んでおかないと詳細な考察にも進めない。そこで、とりあえず大雑把に定義をすると――それは、それぞれの企業が社会のなかで果たすべき「役割」を明らかにしたものだといえます。

そして私は、経営理念というものを「役割」との関係において以下のように捉えています。
  • 人は、会社は、ともに社会のなかにあって、自らの「役割」を演じ切るときに最大限の力を発揮する。自らの存在意義を感じ取ることができる。
  • 「経営理念」とは、会社の「役割」を定義するもの。それぞれの企業が社会の中で果たすべき「役割」を明確にし、社員全員で共有しやすい形に言語化したもの。
  • 「経営理念」によって役割を明確化された「私たちの会社」。それはまた「私」個人の役割をも明確にしてくれる重要な道具立てであり、そのもとで初めて、生き甲斐をもって仕事に励むことのできる環境が整えられることになる。


――人は自らの「役割」を演じ切るときに最大限の力を発揮する、とはどういうことか?


例えばあなたが野球チームに加わり、野球の練習を始めたとします。そして、どこのポジションに就くかも告げられないまま「さあ、練習しろ」と言われたとしたらどうでしょう。何をどう練習し、どんな技術を身に付ければいいのか戸惑ってしまうのは明らかです。

人は「役割」を与えられ、あるいは自ら探し求め、その役割に応えていくというプロセスを通じて自らの存在を確認しながら生きてゆくもの。企業とて同じであって、社会の中にあって自分たちが果たすべき「役割」が、従業員の間で共有されていることは不可欠であり、それを明らかにしたのが経営理念だといえます。


――「役割」ということは、つまり「枠組み」のようなもの? だとすると、非常に固定的なイメージがするが、そのような受身的なものと捉えてよいのか?


上下左右を壁で囲まれた四角い部屋のようなもの――そのようなイメージで捉えて問題ないと思いますが、ただしこの壁は可動式。決してスイスイと簡単に動かせるものではありませんが、皆で押せばなんとか動く。そうした「壁」のイメージを、私は会社の役割にも、また個人の役割についても同様に持っています。

そこにはあくまでも「壁」があり、決して「自由」な空間ではない。だが「壁」があるからこそ、私(あるいは私たち)は、そこに始めて「手ごたえ」を感じることができる。手ごたえを通じて私(あるいは私たちは)自らの存在意義を感じ取ることができるのだと思います。養老孟司氏がいうところの「壁」の意味とはちょっと異なりますが、経営理念は「会社」の壁、その中における私の役割は「自分」の壁、というイメージで捉えると分かりやすいのではないでしょうか。

ここにおける「壁」は、とてもポジティブな価値を持つもの。いやいや、人はこうした「壁」がなければ自らの存在を確認することすらできないわけであって、それは私たちにとって不可欠なものだと思います。企業にとっても同様、こうした「壁」(=経営理念)がなければ、そこで働く人々は働く意味をちゃんと見出すことができない、と私は考えます。