[この本に学ぶ]
『複雑性の科学の原理――企業や社会を劇的に変える方法論』
唐沢昌敬 著
慶応義塾大学出版会(2009年)
秋空を包むかのように広がる鰯雲、山際を茜色に染めて沈む夕陽、秋風に揺らぐ池面をめぐる名月…。自然が織りなす風景はいまも、昔と変わることなく美しい。葉は落ちて、花は枯れても、巡り来る季節とともに瑞々しい命を蘇らせる。それは自然が、「秩序」を尽きることなく生み出し続けているからに他ならないわけだが、こうした、自然が秩序を生み出す原理とメカニズムを明らかにするとともに、それを社会や組織の秩序形成に役立てていく方策を探ったのが本書だ。
本書のタイトルは『複雑性の科学の原理』。だが、原理そのものの解説が本書の主旨ではない。経営学を専門とする著者の関心は、あくまで社会現象・組織現象にある。物理学・数学・生命科学等の分野で明らかとなってきたこの理論をもとに、カオス的状況をますます深める今日の社会現象・組織現象を正しく理解できるようにしよう、ということだ。もっとも、社会現象・組織現象への適切な応用に関する読者の理解を促すため、著者は「原理」そのものに対する解説もとても分かりやすく行ってくれていて、「複雑性の科学」の優れた入門書ともなっている。
著者が、本書を通じて読者に示そうとしているのは、「私たちははたして、今日のカオス状況から抜け出して輝かしい未来を築き得るか否か?」という問題。詳細は省き結論だけをいえば、著者はこの問題に対し、終始前向きの可能性を論ずる。そしてとりわけ日本には、それを可能とする前提条件が整っていると強調する。
万物の頂点に位置する存在である人類の未来が暗いはずはない。未来が閉ざされるのは、人々が私のために果てしない闘争を繰り返し、それが社会全体を覆い尽くしてしまった場合だけである。[P.231]条件さえ整えば助け合いの輪は一揆に広がっていく。…大切なことは、こうした芽を育て、社会や組織の自己組織化の動きを促進していくことである。そのためには社会や組織に新しいエネルギーを流入させ、コミュニケーションと連帯を促進し、好ましい触媒の機能を作動させることである。またアトラクターを見つけ資源配分を変え、そこに向けて人々の動きを結集していくことである。…いつの時代も人類の未来は、私達が何をどのように考え、どのように行動するかによって決定されるのである。[P.232-233]幸いにして日本は、宇宙の根本原理からその論理を展開している仏教、神道、道教、儒教を基礎にした基本的価値の体系が存在している。…こうした日本古来の基本的価値の体系が力を取り戻せば、カオス的状況が深まり、混乱していても好ましい要素、考えが再生産されていく。…好ましい秩序へ向かっていく動きが始まるのである。[P.225]

序 章
- 社会の創発・自己組織化のためには基本的価値の体系が必要だが、日本には、古代から蓄積された仏教・神道・道教・儒教を基盤とした高い精神文化があり、新しい時代のエネルギーを受け入れる下地は十分整っている。[17]
- 時代は、新しい時代のエネルギーのもと、古い考えと新しい考え、誤った考えと正しい考えが入り混じる壮大なカオス的状況に突入した。[17]
第1章 現代の自然科学
- 対称性: ニュートン力学のとくに重要な特色は、過去に起こったことも、未来に起こることも同じように説明できるとする予測能力(=時間の対称性)。[24]
- 普遍性: 普遍的法則性さえみつかれば未来は確実に予測できる(=普遍性)。人間は心のなかに常に安定的なもの、普遍性を求め続ける。[25]
- 連続性: 現象は法則に導かれて連続的に変化する(=連続性)。すなわち過去の延長線上に未来はある、という考え方。[25]
- ニュートン力学の限界: ニュートン力学は、相対性理論の領域である光に近い速度で動くもの、非常に質量の大きな物体、微視的世界に対しては無力。→量子力学(決定論から確率論へ)。→複雑性の科学[31]
第2章 現代の社会科学――社会学的機能主義
- 「社会学的機能主義」は、全体とのかかわりで部分を考えるという立場。「社会体系」を認識論的基礎となし、方法論として「主意主義的行為理論」を基礎にした「構造機能分析」を採用することを特色とする。それは、社会体系の中で恒常的部分、構造に着目し、構造を維持するための機能的命題との関係で個人の相互作用を分析する理論。これにより、個人と文化と組織と社会の詳細な分析が可能となった。[36]
- 「主意主義的行為理論」は、「社会的行為」を出発点に理論を構築しようとするもの。「社会的行為」とは、主観的に思念された意味に従って他人とのかかわりで方向づけられる行為である。社会的行為を性格づける状況への行為者の志向は、「動機志向」と「価値志向」から成り立っており、個人の選択は、緩やかな葛藤を経て、動機志向と価値志向との間の調整の結果生まれてくる(=社会的行為の第一の側面)。また互いに相手の期待を意識して行動する[期待の相補性](=社会的行為の第二の側面)。[41]
- 主意主義的行為理論: 動機づけられる人間が自由に活動し、他者とのかかわりで意志決定していく中から、好ましい制度・規範・組織が形成されていくという考え、すなわち自律的な個人を出発点にして全体の仕組みを考えていく立場。[45]
- 「構造」とは、社会体系における安定的なもの、恒常的なもの。「地位」「役割」「制度」がこの構造概念を形成している。制度には、成文化されていない「伝統・慣習」も含まれる。[47]
- 体系存続のための4つの機能的命題:①目標達成、②適応、③統合、④潜在性。この場合の「機能」とは、体系の存続・発展にどれだけ貢献したかという結果概念。[49]
- 個人の相互作用の結果が、適切な経済活動、有効な社会目標の実現、人々の連帯の確保、文化の継承、精神的健全性の維持に向かう時に社会体系の均衡が維持される。[50]
第3章 社会学的機能主義の四つの機能的命題
- 命題①目標達成: 富や資源を結び付けて、社会や組織がその体系の目標、すなわち集合的目標を達成する能力を最大にすること。社会目標は必ずしも国民の意思の集約ではない。それは理想の社会像と国民の意思との調整のもとに決定される。目標達成を受け持つ下位体系は、社会では主として政治、組織では経営である。[56]
- 組織目標は社会的要請とステークホルダーの要求とのかかわりで決定される。組織では、その多くが「経営理念」「ミッション」として表現されている。企業の存在意義は、利益を生むことではなく、さまざまな社会目標を実現すること。[58]
- 命題②適応: 適応とは、目標達成に必要な富や資源を確保すること。適応を受け持つ下位体系は、社会では「経済」であり、生産・交換・分配という一連の経済活動を通して価値を創造し、富や資源を確保すること。組織では「執行」であり、購買・生産・販売・人事・財務という一連の経済活動を通して、効率・生産性を高め価値の極大化を図り、その組織が使用可能な利益、もしくは資金を確保すること。その成果は効率・生産性で測定される。[62]
- 命題③統合: 統合とは、体系内のまとまり、統一性を維持すること。文化的価値パターンを個々の行為者の動機づけの構造と関係づけ、内部的葛藤を抑え、活動の相互調整を促進すること。[67]
- 統合を確保する2つの方法: ①何らかの力もしくは規則で統一性を確保する方法(法令・規範・職務構造・基本的価値の体系)、②構成メンバーが望んでいるものを提供する方法(分配・報酬)[67]
- 統合を受け持つ下位体系は、社会では主として法と分配のシステム。組織では職務構造と基本的価値の体系、業績評価を中心とした管理制度。[68]
- 命題④潜在性: 潜在性とは、①潜在的パターンを維持することと、②緊張を処理すること。①は価値のパターンを継承すること。日本には仏教・神道・道教・儒教を基盤にした基本的価値の体系があり、芸術文化の面でも優れた様式が確立している。②は、人々が基本的価値の体系を内面化することにより、価値の違いを原因とする葛藤・緊張を減少させることができる。[71]
- 組織における潜在性の確保: 組織には社会の価値と個人の長期的関係から生まれた価値が複合した「基本的価値の体系」があり、人々に強い影響を与えている。基本的価値の体系の多くは、組織の創業期から成長期初期の間に形成される。基本的価値の体系は一度確立すると周辺部分を除いてほとんど変化しない。[74]
- 社会や組織がカオス的状況を経て創発を起こし、新たな秩序を形成していくことになるが、そのゆくえ、形態に影響を与えているのが、その系の「基本的価値の体系」。相転移も、新たな秩序の形成も、基本的価値の体系に沿って行われている。[77]
- 本書が目指すのは、社会学的機能主義に複雑性の科学を重ねることにより、人間の意志、個人の相互作用が構造の抜本的変化を引き起こし、新たな秩序を形成するという組織動態化のプロセスを究明すること。[81]
第4章 複雑性の科学
- 2つのカオス: ①「平衡の熱的カオス」=分子は無目的に存在するだけで何の変化も起こらない。エントロピーと乱雑度が最大になっていて、すべての生命が死に絶えてしまう。②「非平衡の乱流カオス」=外部から絶えずエネルギーが流入している、活動的で熱くエネルギッシュな秩序が内在しているカオス。内側からの力を通して新たな秩序が生まれるカオスを「決定論的カオス」と呼んでいる。[90]
- カオスと秩序: カオスは、既存の秩序を破壊する力を持っているが、新しい秩序を作る原動力でもある。古代の人々は、日常的にはカオス的状況、無秩序にならないよう戦いながら、新しい秩序を作る場合には進んでカオス的状況に身を委ねた。[91]
- カオスの縁: 「カオスの縁」とは、カオスから新たな秩序が誕生する場所、また、秩序が急速に流動化していく場所。「複雑性」はカオスの縁で見られる相転移であり、「複雑系」はカオスの縁に身を置いた系である。[94]
- 複雑な振る舞いは、偶然の世界の出来事ではない。それは一定の原理、原則のもとに繰り返されている自然現象・社会現象である。その原理・原則がまだ十分解明されていないだけ。[96]
- 複雑性に関する5つの特色: ①相転移にかかわるものである、②すべてがすべてに影響を与える、③初期条件に敏感である、④フラクタルな性格をもつ、⑤上位の法則が支配している[97]
第5章 相転移
- 相転移: 相転移とは、物質が分子レベルにおいて再編成されることによって巨視的状態が変化すること。[103]
- 生物の恒常性維持: 地球上に降り注ぐ磁気作用を受けて、それが強く働くところに「アトラクター」(分子が集まり濃くなるところ)が形成される。人間の肉体も、細胞の増殖、分子の入れ替えにもかかわらず「上位の法則」に導かれ、一定の形態、アトラクターに収束している。ただし人間には肉体的アトラクターの他に、意識と精神のアトラクターも存在する。これが人間という生物のより複雑な部分である。[105]
- 一次相転移: パラメーターが臨界点を超えると、突然カオスから秩序が生まれたり、ある秩序から別の秩序へと変化していくパターン。水から氷への変化のように、ある点を境にして相が明確に区別できる現象。[108]
- 二次相転移: カオスから秩序に向かう動きの中間で、臨界点の近くで、創発・自己組織化・進化につながる振る舞いが活発化する領域。カオス理論における「複雑性」とは、二次相転移が起こる系にみられるダイナミックに結合と分離を繰り返している複雑な力学的な振る舞いのこと。[108]
- 動態的秩序: 「平衡から遠く離れた系」とは、開放的で、物質とエネルギーが大量に流入し、複雑で非線形的関係によって振る舞いが支配されている系。そこでは、成長しつつあるパターンがさらに外界との物質、エネルギーの交換を通して拡散し、連帯を呼び起こすことで安定化し、新たな秩序を形成する(=動態的秩序)。この秩序は、エネルギーを大量に消費しているところから生まれる秩序という意味で「散逸構造」と呼ばれている。[113]
- 気のエネルギー: 生命現象や生物の世界の複雑な振る舞いには、「物質的エネルギー」と「気のエネルギー」とをバランスよく流入させることが必要。気のエネルギーは宇宙の根源から発生するエネルギーであり、対立、反倫理的行為、確立した構造などはその流入を阻害する。[114]
- マックス・ウェーバーの父の家には、能力、感性の高い人が集まるとともに知的論理、共通の倫理、使命感、共通の関心が存在するという、相移転に必要な要件が揃っていた。[115]
- 相転移する能力: 徳川幕府から新政府へと体制が劇的に変化し、近代化に成功したのは、日本社会に飛鳥時代以来の「基本的価値の体系」、元禄時代に成熟化した日本文化、高い大衆の教育水準などといった相転移に必要な条件が整っていたから。[115]
- その系でコミュニケーションと協調運動が進み、反応を促進する自己触媒と相互触媒、そして反応を抑制する自己触媒と相互触媒が機能するときに、新たなパターンが形成される。[117]
第6章 拡散――コミュニケーションと協調運動
- 相転移の原動力のひとつが「コミュニケーションと協調運動」。有機も無機もあらゆる存在がコミュニケーションと協調運動の可能性を探っている。散逸構造では、系全体にコミュニケーションの仕組みと方法が確立している。広範囲にわたる協調運動がいっせいに起こる。[121]
- 平衡系では、分子は本質的に独立体として振る舞い、互いに他の存在を無視しており、何のコミュニケーションも連帯もない。[122]
- 自発的協働: コミュニケーションと協調運動がいっせいに高まるには、要素が何らかの刺激因子に対して反応する性格を持っている「要素の被刺激性」が必要。人間の世界において、要素の被刺激性に関わるのが、「欲求」「共通の関心」「内在化された価値の体系」「共通の問題意識」。これらの要素に対して相応しい刺激因子、誘因が提供されるとき協調運動がおこる。人間の世界ではこれを「自発的協働」と呼んでいる。[126]
- 物理・科学の世界では、要素が被刺激性をもち、その場の自然な状態が維持され、要素が自立していればエネルギーの流入にともない、自然にコミュニケーションと協調運動は高まる。だが人間の世界では、コミュニケーションを確保し、人々の協調運動を高めるための意識的な努力が必要。以下の要件を満たす必要がある。[128]
- 「人々が正しくつながっていること(距離の問題/関わり方の問題)」「自由な人間のリズムの共有」「コミュニケーションセンターの役割を果たす人の存在」「コミュニケーションセンターの役割を果たす人の人間性の豊かさ・熱意・献身・実績」「信頼のインフラの存在」[129]
- 信頼: 信頼とは、コミュニティの成員たちが、共有する規範にもとづいて規則を守り、誠実に、そして協力的に振る舞うということについてコミュニティ内部に生じる期待をいう。こうした期待が成立するには、すべての人が短期間に期待を成立させる特別の能力を持っている場合を除き、長期的関係が必要である。仲間を助ける、仲間のルールを守る、約束を守るという実績を長期間積み重ねることにより、こうした期待は成立する。[140]
- ダイナミックな信頼: 信頼を強化するのが、仲間との間に生まれる「感動」。成功の喜び、達成の喜びを共にすること。感動は人々の感覚を高め、人格の成長をもたらし、一体感が高まる。それにより、静的な信頼はダイナミックなエネルギーに変わっていく。ダイナミックな信頼というインフラが整備されると、広範囲にわたるコミュニケーションと協調運動がおこる。[141]
第7章 反応――オートポイエーシス・システムとしての触媒機構
- 相転移のもうひとつの原動力である「反応」は、コミュニケーションと協調運動が高まることによって始まるが、その反応は、オートポイエーシス・システムとしての「触媒機構」が存在することによって増幅する。[146]
- ①みずからがみずからを作り出すオートポイエーシス・システムが存在すること、②その活動が円環的ループの相互作用、役割分担の重複などにより一定の範囲内に収束すること、という2つの特徴によって生物は「自律性」を発揮し、その有機構成を維持していている。[152]
- システムが自己言及的に作動して自己回帰するさいの「産出関係」と、システムが外的条件に反応する「作用関係」とは明確に区別されている。エネルギーの大量流入によっておこるのは「作用関係」であり、触媒の作用を作動させたり促進する動きだけであり、自己言及的な回帰によっておこる「産出関係」とはまったく異なったものである。[152]
- オートポイエーシス・システムは、成立当初は外部の動きから若干の影響を受けるが、一度成立すると系が劇的に変化することはない。[154]
- 人間の世界では基本的価値の体系、知の論理、コミュニケーションの連鎖や思考の連鎖をもたらすフィードバック・ループ、経済活動を増殖する自己触媒・相互触媒のループなどがこのオートポイエーシス・システムにあたる。「基本的価値の体系」は主として宗教・思想・哲学に基礎をおき、「知の論理」は主として科学・哲学に基礎を置く。[155]
- 基本的価値を受け入れた構成員が行動することによって基本的価値は増幅、強化されて基本的価値の体系にフィードバックされ、基本的価値の体系の作動が継続していく。そして、こうしたフィードバック・ループが作動していく中で、基本的価値の体系を中心とした組織文化や行動原則を支える「制度」が作り出されている。[156]
- 組織の基本的価値の体系を中心としたフィードバック・ループの存在は、発信される情報の意味の連鎖を通して情報や思考の組織における意味内容を明確にしている。真の意味内容を浮かび上がらせる。こうしたコンテクストに沿ってとらえなければ、言葉の意味を理解することはできない。[157]
- 組織の未来は、組織が生み出す構成要素の組み合わせを基本としたものとなり、自己組織化の動きは、一定の領域内に収束することになる。組織の未来に重要な影響を与えているのは、流入してくるエネルギーの内容ではなく、組織の内部に成立した触媒機構を中心としたオートポイエーシス・システムの内容なのである。[160]
- 一部の歴史ある系では、基本的価値の体系を中心としたコミュニケーションの連鎖や思考の連鎖をもたらす円環的触媒のループが成立している。そこでは、活動の意味を考え、伝えることによって、次から次へと反応を引き起こし、それが自分自身に回帰し、活動の意味をより深く考える行為につながってくる。[169]
第9章 反応を安定化させるメカニズム
- 反応は、以下のようなメカニズムによって安定化される。こうしたメカニズムを定着させた系が長期間存続する。①抑制的にも働く特殊な「自己触媒」過程の存在、②「相互触媒」は、異なる反応経路に属する2つの生成物が互いの合成を促進しあうこと。相互触媒過程は、あくまでも反応の促進、発展に関連する作用だが、ゆらぎを増幅させるとともに、そのゆらぎの増幅を一定限度内に収める作用である、③「負のフィードバック」は、ゆらぎを完全に抑え込み、活動を一定限度内に収める。負のフィードバックが働くところでは、ゆらぎは好ましくないものとして排除され、衰退されていく。[177]
第10章 自己組織化のゆくえ
- ゆらぎは、コミュニケーションと協調運動、そして触媒の作用によって急速に拡大するとともに、相互触媒の力によって安定し、系全体に新たな秩序が形成される。小さなパターンがいたるところに生まれ、そのうちあるものが優勢になり、他のパターンを吸収し、系全体に新たな秩序が誕生する。物質とエネルギーが大量に流入している平衡から遠く離れた系では、コミュニケーションと連帯、そして反応の活発化と抑制的自己触媒の機能によって新たな秩序へ向かう動きが起きる。また系独自のオートポイエーシス・システムの存在によって、自己組織化の動きは一定の領域内に収まる。[189]
- 「決定論的カオス」では、隠れた規則、より上位の法則が、無限の可能性の中から系をある方向に導いており、その動きは、必ず「ストレンジ・アトラクター」内の一定の場所に落ち着く。ストレンジ・アトラクターは運動のパターンだが、それはまた自己組織化の動きを導く力でもある。[190]
- 組織においては、ストレンジ・アトラクターは、本来のアトラクターより若干小さくなる。相互触媒作用として強く作用するステークホルダーの「意志」が、ストレンジ・アトラクター内の動きをより限定的にする。またステークホルダーのグッドウィル(信用)が組織内に蓄積され、内なる力を高めていき、これもストレンジ・アトラクター内の動きに重要な影響を与える。組織では、人間の相互作用の結果は、時間の推移とともに、この「限定的ストレンジ・アトラクター」内の軌跡をたどることになる。[195]
- ストレンジ・アトラクターは、①初期条件に非常に敏感に反応する、②それはフラクタルなものである、という特徴をもつ。[197]
- 人間の世界のフラクタルな構造: 人間の世界でも、形態や振る舞いのメカニズムに「フラクタル性」を見出すことができる。が、人間の世界における全体と部分の関係は、人間の「意志」が強く働くため、相似ではなく「近似」となる。また「過去のパターン」も影響する。人間の組織では、過去を反映したパターンが残像として強く残る。[207]
- 組織のストレンジ・アトラクター: 組織における自己組織化の方向は、阻害する特別な力が働かない限り、「ストレンジ・アトラクター」と「使命」と「組織メンバーの関心」が重なる領域が、トップの決断によって「選択」されることによって、その方向が限定される。そして、そこに向けた組織構造や行動原則の再編成が行われることによって、特別の好ましい未来の状態に向かって動いていくことになる。[210]
第11章 複雑性を支配している根本原理
- 円環的ループを通した相互作用: 複雑な存在における産出関係の本質は円環的ループの連鎖である。[215]
- ゆらぎの中の安定: 私たちはさまざまなゆらぎを吸収できる程度に大きい。小さすぎればゆらぎの影響が相対的に大きくなり、長期間形体を維持することができない。大きすぎると磁気作用が強く働く部分が少なくなり、形体を維持する力が弱まっていく。[218]
- 複雑性の存在する系で、最も本質的なことは、その瞬間有力な要素であると思われても、次の瞬間に、それが有力な要素であるとは限らないということ。[219]
- 「上位の法則」とは、地球の自転・公転、さらには宇宙の生成・発展を支配している根本的法則。地球上のあらゆる存在(有機にも無機にも)に対して、上位の法則に基づく「生成の力」「秩序に向かう力」が働いている。[221]
- 老荘思想の「道」は、「気」と上位法則である「理」を含んだ概念。この世の根本要素は「気」だが、気が存在するだけでは何事も起こらない。「理」が働くことにより、はじめて気が作用する。私たちにできることは、理の存在、上位の存在を意識した上で、その「働き」を明らかにしていくこと。複雑性の科学は、間違いなく上位の法則に至る道筋を示す中間理論である。[222]
- 上位の法則の存在を意識して、その動きがもたらす原理とメカニズムに沿って行動することにより、社会も組織も好ましい秩序に向かっていくはず。上位の法則に反した行動を放置しておくと、本来働くはずのカオスから秩序に向かっていく力は働かない。それどころかカオスからアノミーへ、果てしない葛藤と闘争が繰り返される世界に突入してしまう恐れがある。[224]
- 幸いにして日本は、宇宙の根本原理からその論理を展開している仏教、神道、道教、儒教を基礎にした基本的価値の体系が存在している。こうした日本古来の基本的価値の体系が力を取り戻せば、カオス的状況が深まり、混乱していても好ましい要素、考えが再生産されていく。好ましい秩序へ向かっていく動きが始まる。[225]