[この本に学ぶ]
『学習する組織――システム思考で未来を創造する』
ピーター・M・センゲ 著
英治出版(2011年)
本書『学習する組織――システム思考で未来を創造する』に、もし別のタイトルを付けるとすれば、『科学的仏教の方法と実践』が相応しいのではないだろか。いささか唐突な意見のようだが、本書の内容は、読めば読むほどに、その核心をなす考え方が「仏教」に通ずるものに思えてならない。
「学習する組織」は1970年代にハーバード大学教授クリス・アージリスによって提唱された概念を、本書の著者であるピーター・センゲ(MITマサチューセッツ工科大学の経営学者)が1990年に改めて提唱して広めた概念。それは「人々が絶えず、心から望んでいる結果を生み出す能力を拡大する組織であり、新しい発展的な思考パターンが生まれる組織、共に抱く志が解放される組織、共に学習する人々が継続的に学んでいる組織」であり、その中核には「システム思考」、すなわち物事を単体として見るのではなく、相互の関連や関係性に着目し、静止的ではなく動的に、断片的ではなく全体的に、そして変化を捉える見方がある。
いわゆる組織開発・人材開発に関わる先端の経営学書が、なぜ「科学的仏教」と言えるのか。それは何よりも、本書に一貫する、ものの見方の「統合性」にある。その統合性は、究極は「宇宙」にまでつながる深遠なものだが、組織経営という実務面に絞ってみても、従来、事業戦略マネジメント、業務改善マネジメント、人材マネジメントといった縦割りで行われてきたそれぞれの専門分野を、個別ではなく統合的に行ってこそ価値が最大化される、といった考えに見ることができる。
さらに「仏教的」なポイントをいくつか挙げてみると――。まずは「学習する組織」の基盤となる「システム思考」。それは、「私」が、世界から切り離されているとする従来の西洋的見方から「つながっている」という見方へ、そしてまた、その結果、問題は「外側の」誰かが何かを引き起こすものだと考えることから、いかに私たち自身の行動が自分の直面する問題を生み出しているのかに目を向けることへの、変容の必要性を説くもの。その根底には、西洋の「直線」的思考ではなく、東洋の「環状」的思考、すなわち仏教でいうところの「縁起」思想を見ることができる。
現実は環状になっているのに、私たち(注:西洋人のこと)が目にするのは直線である。…私たちの思考にこのような分裂が起こる原因の一つは、私たちの言語だ。西欧の言語は、主語―動詞―目的語という構造になっており、線形の考え方に偏っている。システム全体の相互関係を見たいのであれば、相互関係の言語――つまり、環状になっている言語が必要だ。
「学習する組織」は、組織を「生きているシステム」として捉える。そして企業を「利益を生み出す機械」ではなく、「人間のコミュニティ」として考える。
物理科学の考え方が「産業時代」を支配したように、生命科学の考え方が「知識時代」を支配し始めている。生命科学の考え方は、知識や人や組織を「生きているシステム」としてとらえる・・・それにより、着眼点が、1)部分から全体へ、2)分類から統合へ、3)個人から相互作用へ、4)観察者を外に置くシステムから観察者を内に含むシステムへと変化する。
「学習する組織」には、「無我」や「無心」に通ずる考えも登場する。
この敷居は、深遠な変化を導き出すにあったって必ず通り抜けなければならない入り口で、…第一の敷居は、自分を解放して、目の前にありながら今まで見ることのできなかったものを見たり、聞いたりすること…第二の敷居は、心で見ること…第三の敷居は、小文字の「s」の自己(self)の最後の名残を手放し、何であれ生まれつつあるものが私たちを通して生まれ出るのを助けることだ。どんなレベル、どんな境遇のリーダーでも、この3つの入り口を通り抜ければ、可能なことにほとんど限界はない。「何かをするときに本当に無心になることができれば、つまり、それを自分自身のために主張しようとせず、その結果で認められようともせずに本当に微々たる存在になることができれば、恩恵がもたらされる。それは影響力、強さ、意志、目的意識、エネルギーという形をとるかもしれないし、大義の実現を助けるあらゆる種類の物事が起きるという形をとるかもしれない。
そして著者は、「分かたれることのない全体」と題した本書の最終章(第18章)において、宇宙飛行士のラスティが語る「宇宙から見た地球」の体験談を引用しながら、次の言葉で本書を結ぶ。
ラスティは宇宙を漂いながら、システム思考の基本原則を見出した。・・・地球は分かたれることのない全体であり、それは私たち一人ひとりが分かたれたることのない全体であるのと同じである。(私たちも含めた)自然は、全体の中にある部分でできあがってるわけではない。全体の中の全体でできているのだ。
以上では、本書の深い抽象性の部分に焦点を当てて述べたが、一方、本書は「人々が絶えず、心から望んでいる結果を生み出す能力を拡大する組織」をどうすれば築くことができるかについて、きわめて具体的なスキルやメソッドを教授してくれる実践の書ということができる。いやむしろ、そちらの方が本題といえるだろう。
つまり、極めて根源的な考察を基盤としながら、その上に具体論が展開されている。抽象性と具体性とがまさに「統合」されている、最強の経営書と言ってよいのではないか。少なくとも、私が知る限りにおいては。
