[この本に学ぶ]
『中央銀行がわかれば世界経済がわかる』
増田悦佐 著
ビジネス社(2016年)
『ティール組織』や『U理論』、さらには少し遡った『7つの習慣』といったアメリカの最近の組織・経営論を読んでいると、その核心には共通して「私とは何者なのか?」という問いかけがある。私という「存在」を的確に掴むことこそが、私たちのあり方に関わるすべての問題を解くカギになる、という考え方がそこにはある。
ここでいう「私」とは、いうまでもなく社会的存在。であるがゆえに、「私」を正しく捉えるには、「社会」を正しく理解することが不可欠となるわけだが、その、私たちが生きる現代社会は、善くも悪くも「マネー」というものに大きく依存する形で成り立っている。だから「マネーとは何か?」を知らないと「社会」の見え方は金魚鉢の金魚のように歪んでしまい、結果「私」の実像も歪んでしまうわけだが、困ったことに、この「マネーとは何か」を教えてくれる的確な教科書は、なかなか見当たらない。
そんななか、本書『中央銀行がわかれば世界経済がわかる』は、とても貴重な一冊だと思った。私たちが「私」を的確に捉えるためには、「社会」というものの捉え方に関する「全体性」を取り戻すことが何よりも肝要だと筆者(馬渕)は考えるが、本書の著者は、金融グローバル化の時代とそこにおける中央銀行の問題点を「全体性の欠如」という視点から鋭くえぐり出し、とても分かりやすく解き明かしてくれるからだ。最終章から一部を引用してみると――。
カネというものは、車輪や、自在に点けたり消したりできる火や、糸と縫い針などと並んで、人類が発明した偉大な道具の一つでしょう。とても単純なもので、言語も文化もなに一つ持っていません。人間のさまざまな活動を「結局、金銭に換算すれば、高いの? 安いの?」という一元的な評価に集約してしまいます。そういう意味で、カネは世界共通の価値を体現しているグローバリズムの象徴みたいなものです。グローバリズムとは、そこまで一元化した基準で、むき出しの欲望と欲望がぶつかり合う世界を素晴らしいとほめそやす思想です。でも、そこから抜け落ちてしまうものが多すぎます。このカネという便利な道具を使う人間、そのカネによって生み出されたり、交換されたりする、モノやサービスは各国固有のことば、文化、伝統を踏まえなければ、ほとんど意味のないものが大部分です。カネというまったくことばや文化の背景を持たなにものが、人の動き、モノやサービスの動きをうまく調整できるかというと、これはそもそも無理です。
『中央銀行がわかれば世界経済がわかる』という題名は、決して誇張とはいえないが、筆者の理解の立場からもう少し正確な言い方をすれば、『私たちが暮らす「社会」の実相は、中央銀行の何たるかを知らねば決して分からない』とでもなろうか。世界の中央銀行制度の成り立ちを歴史的に紐解く体裁をとりながら、目からウロコの「近現代世界史」を歯に衣着せぬ物言いで教えてくれる、とても貴重な一冊だ。

第1章 中央銀行の起源
- 中央銀行とは、通貨発行の独占権を与えられた団体のこと。
- イングランド銀行: 世界最初の近代的な中央銀行。当初は共和派の資金調達機関として出発したが、王党派が清教徒革命、名誉革命で非常に弱体化しているときに、国全体の通貨発行権を既成事実として独占。
- 連邦準備制度: 1907年の大恐慌を受け、当時アメリカで最も有力な金融業者だったJ・ポアポント・モルガンが中心となって1913年に設立。
- 中央銀行というのは、なにもしないで世の中がうまく回って、経済が順調に発展していれば、それがいちばんいい状態。ところが、国民が選んだ議会によって任命された中央銀行は、必ず仕事をやりすぎる。
- アメリカは、植民地として出発したときの利権集団が延々と支配を続けている非常に不自由で不平等な国。
- 中央銀行が、官僚機構の中にいるわけでもない、完全な民間企業でもない、ヌエのような存在である最大の意味は、金融政策の失敗に対して弁解することのできる格好の仕組みになっていること。
- 問題の核心は、世の中には財政政策や金融で解決できることと、できないことがあって、たいていの深刻な問題は政策では解決できないことだ、というところにある。
- 景気の山や谷は、国家の経済政策とは無縁のところで起きるものだし、時々刻々変化している経済を順調に発展させつづけるためには、景気の山や谷があったほうがいい。しかし、経済学者たちの大半は、「政策で山や谷を均せば、毎年均等なペースで発展し続ける夢のような経済環境をつくりだすことができる」と主張して、金融政策や財政政策で経済をいじくり回す。その結果、放っておけば大した問題にならなかった小さな山や谷を大きくする。
第2章 国や時代によって中央銀行のあり方も変わる
- 通貨発行権を中央銀行が独占しないと市場は混乱するか? いや、そもそも通貨発行権を独占する支配体制があること自体に問題がある。江戸時代の日本は、東日本は金本位制、西日本は銀本位制という、極めて複雑な通貨制度があったが経済発展を遂げた。
- オランダはインドネシア香料諸島で、スペイン・ポルトガルのような略奪型ではない、持続性のある農園経営にもとづく植民地経営を始めた。それには巨額の資金提供が必要で、街の金貸しでは手に負えない。そこで1602年に東インド会社を、1609年に中央銀行に等しいアムステルダム銀行を成立した。
- 18-19世紀に設立されたヨーロッパ列強の中央銀行は、基本的には植民地経営のために機能した。
- アメリカは南北戦争(1861-65)のとき、北部の産業資本、金融資本がぼろ儲けをした。それに味をしめ、アメリカの産業資本、金融資本は、世界のあちこちで戦争を起こさせようと画策するようになった。
- 国家間の戦争では、軍需物資ばかりでなく、軍人兵士の糧食、軍服に、内戦とはケタ違いのカネが動き、軍需産業ばかりか、ごく平凡な日用消費財でも莫大な利益を上げる企業が出てくる。
- アメリカは、ヨーロッパ諸国に戦争を起こさせることにより、ヨーロッパが一丸となって立ち向かってくることを防ぐと同時に、ヨーロッパ全体が疲弊してくれば、その分だけアメリカの経済力が自動的に上がる、という戦略をとった。
- 第一次世界大戦において、こうした戦略が成功したのは、連邦準備制度が確立され(1913)、国際発行の引受などで巨額の資金を用意できる体制が整ったから。中央銀行と財務省が分かれていることにより、国家予算としてお金を刷り散らかすことが可能に。現代の中央銀行は、近代国民国家同士の総力戦のための資金調達機関。
- 「20世紀=戦争の世紀」の第一幕: 日露戦争(1904)、アメリカの連邦準備制度創設(1913)、第一次世界大戦の勃発(1914)、大ロシア革命(1917)、第一次世界大戦の終結(1918)
- 第二幕: ニューヨーク株式市場の大暴落(1929)、1930年代不況、第二次世界大戦の連合国側勝利(1945)、米ソ冷戦体制の定着
- 第三幕: ソ連東欧圏の崩壊(1989~)、金融危機の頻発、テロやゲリラがからんだ戦争の続発
- 第一次世界大戦の戦後処理: ウォール街の連中が、ドイツに貸していた金額にくらべ、イギリス、フランスに貸していた金額が圧倒的に大きかった。ゆえに過酷な賠償をドイツに課し、それをイギリス、フランスに与えようと無理をした。
- 1930年代の大不況は完全に実物経済の現象だった。GMが自社製品の価格と自社の利益を守る政策をゴリ押ししたのがその要因。金融政策も財政政策もまったく関係ない。
- 中央銀行はもちろん、大手金融機関もすべてロビイスト活動を通じて軍需産業大手と非常に昵懇な間柄にある。アメリカで軍需産業が生み出している膨大な量の戦闘機、爆撃機、爆弾などは、ほとんど全部賞味期限切れで廃棄する以外ないが、それが延々と続いているのは、金融利権と密着した軍需利権が、アメリカの議会や大統領を支配しているから。
- 2段階の金本位制: 19世紀半ばくらいまでは「本物の金本位制」。本当に持っている金に従って自国の通貨の発行量が決まるため、金1グラムあたり自国の通貨でいくらになるかが自動的に変動する。自国の金の流出を何とか食い止めようとする自律的な復元機能があった。続く「金固定相場制」自体にも2つの段階があった。第二次大戦前は、各国が自国の通貨で金1グラムを買うのにいくら必要かを定めていた。第二次大戦後は、金1オンス=35ドルと米ドルだけを決め、他の通貨は、米ドルを媒介にしてそれとの交換を固定した。
- ニクソンショック: 1971年、ニクソン大統領が突然「金兌換を一時停止する」と宣言。その状態が今日まで続いている。いまや世界中の不換紙幣には何一つ担保はない。それぞれの国の中央銀行が「我々はこの通貨の価値を守ります」と「口約束」をしているだけ。この結果、通貨の発行量には歯止めが効かなくなった。
- 金=ドル固定相場の時代、各国はFedの地下金庫に金を預けていたが、もうない? 返ってこない金塊は、持っていても米国債と同じ。
- 金融政策当局がむきになって金本位制を廃止した最大の理由は、金本位制に縛られていると、通貨の発行量が担保となる金の量で限定されてしまうから。そして経済学者がこれに乗った。自分が生産した経済学者を雇ってくれるのは、国や大手金融機関や一流企業。借金をすればするほど儲かる、慢性インフレを欲しているところ。
- プラザ合意(1985)以降、世界経済は常に混乱している。ブラック・マンデー(1987)、日本のバルブ崩壊(1989-90)、東アジア通貨危機・ロシア国債危機(1997-98)、アメリカのハイテク・バブル危機(2000-02)リーマン・ショック(2008-09)、ヨーロッパ国債危機(2011-12)。要するに連邦準備制度の金融政策がまったく機能していないということ。
- より根源にある理由は、製造業主導の時代からサービス業主導の時代になり、国民の生活水準を高めることが一番効力のある経済政策だと先進諸国が認識せず、いまだに製造業を拡大するために金融を肥大化させているから。肥大化させた金融が、中国をはじめとする新興国、さらにはそれらの新興国にエネルギー資源、金属資源を納入している資源国へ投資することで高収益を得ていた、ということ。
- 上海株式市場の大暴落(2015)は、強蓄積=高成長路線がもう終わりになったというサイン。中国や産油国といった経常黒字を慢性的に出している国が、自分の国では運用できない資金をアメリカに運用してもらい、バカ高い手数料を払っていたことが、アメリカの金融業界を支えてきた。金融で資本をかき集め、それを比較的展望の明るい新興国、資源国に投資すれば、まだまだ儲け続けることができるというスキームが、もう破たんしていることを示している――こうした金融業界の肥大化を背後から助けていたのが中央銀行のいわゆる「量的緩和」。
第3章 中央銀行とはいったいなんだろう?
- 日銀は店頭市場に株を公開している。しかし日銀の株は経営権を伴いないもの。それを株券と称すること自体が詐欺のようなもの。中央銀行を民間企業と称するのは、詐欺といえば詐欺だが、通貨発行権をたった一つの業者なり国の機関なりに独占させる一番本質的な欺瞞をごまかすための小さな欺瞞にすぎない。
- フランクリ・ローズヴェルト(FDR)がアメリカ国民の金所有を禁止(1933)。ドルと金の兌換性はまったくの空文と化した。>>その機能しなくなっていた制度の後始末として「ブレトンウッズ体制」を導入し(1945)、金1トロイオンス=35米ドルとするとともに世界中の通貨の米ドルに対する交換率を固定。>>ニクソンが「金兌換停止」宣言(1971)。>>金所有の自由化が復活(1974)。以降、金価格が急激に上昇。
- 世界で唯一、自国通貨と金との交換比率を確約しているアメリカでは、実は国民の金保有が禁止されていたという欺瞞。それが第二次大戦後の世界。
- 中央銀行が「通貨の番人」と称するのは越権行為であり、また為替をコントロールする力もない。一見、日銀あるいは政府が「円安にします」と言ったとおり円安が生じたように思えるが、実は、外国人機関投資家が日本株を煽って高値で売り抜けるにあたり、為替差損を回避するため、円を借りて日本株を買う。すると円の供給が発生するので、日本円が下がり、同時に株価も上がる、という現象が生じたもの。株安と円高が並行して起きるのも、これと同様の逆の現象。
- 国、政府への資金提供をする機能を指して、中央銀行は「政府の銀行」とも呼ばれている。この資金提供は国債の売買によって行われるが、日銀が直接、財務省から国債を買うことは禁じられており、20数行のプライマリリーディーラーを通じて買うことになる。日銀はそのシャアを少しずつ調整すること(=銀行の手数料収入の多寡に大きく響く)を通じて、各銀行に力を及ぼしてきた。
- 日銀がマイナス金利を導入(2016年1月)>>三菱東京UFJがプライマリーディーラー資格を返上(2016年7月)
- 日銀の当期余剰金は、準備金や出資者への配当に充当されるものを除き、国民の財産として、国庫に納付されることになっており(国庫納付金)、これが意外に大きな金額で財政赤字の縮小に貢献している。
- 政策金利とは、中央銀行が市中銀行に融資する際の金利のこと。かつては「公定歩合」と呼ばれていた。現在、政策金利自体にはほとんど意味がなくたった。「金利を下げれば、景気がよくなる」というのは、設備投資をして大量生産すれば有利になるという製造業全盛時代のもの。サービス業には通用しない。
- IMFと世銀: 第一次大戦後のできるはずのない戦後処理のためにつくられたのがBIS(国際決済銀行)で、第二次大戦後のできるはずのない戦後処理のためにつくられたのがIMF(国際通貨基金)と世界銀行。大雑把にいえば、先進諸国間の金融問題を処理するのがIMF、低開発国、後進国、最貧国の開発支援をするのが世界銀行。IMFの親分はヨーロッパの大物、世銀の親分はアメリカ。
- 各国の経済学者全体を体制派の見方に付けるための機関?
- 金融危機の際、各国の中央銀行は救済活動を指導せず、IFMや世銀に問題の下駄を預けることができる。
- 元々は第一次大戦後のドイツの賠償金処理のためにつくられたBISは、その後、世界中の中央銀行の権威を高めるため、中央銀行の規則をつくり、「我々が中立的な立場でつくった規則を守っているから安全だ」というお墨付きを付け、中央銀行の権威を高めるための機関となった。
- 日本経済を健全化するために一番安上がりで被害のない方法は、日銀による日本国債の債権放棄。
第4章 世界各国中央銀行の現況
- 日銀が日本国債に関して再建の放棄を宣言し、同時に日銀券は日本国債の価値を減じた金額だけ回収した分の紙幣を新札で再発行せず、マネタリーベースを削減する。
- ニクソンによる「米ドルの金兌換を一時停止する」宣言以来、アメリカ経済を襲った2つの大きな変化は、①インフレ率の加速と、②所得格差の拡大。過10~20年間の先進諸国の成長率低下は、慢性的なインフレによって所得が高所得者ばかりに集中し、消費性向が下がり、経済が停滞していることを示している。
- 金準備の担保が必要という制約から解き放たれた世界中の中央銀行が、際限のない紙幣増刷競争を繰り広げて、貸し手である個人世帯や零細企業からカネを巻き上げ、公共部門・一流企業・大手金融機関にばら撒く金融政策をとり続けた結果が、世界的な経済成長率鈍化であり、貧富の格差拡大。
第5章 中央銀行は人類にとって必要か?
- カネは、車輪や火、糸と縫い針などと並んで、人類が発明した偉大な道具の一つ。とても単純なもので、人間のさまざまな活動を「結局、金銭に換算すれば、高いの?安いの?」という一元的な評価に集約してしまう。そういう意味で、カネは世界共通の価値を体現しているグローバリズムの象徴みたいなもの。グローバリズムとは、そこまで一元化した基準で、むき出しの欲望と欲望がぶつかり合う世界を素晴らしいとほめそやす思想。
- でも、そこから抜け落ちてしまうものが多すぎる。このカネという便利な道具を使う人間、そのカネによって生み出されたり、交換されたりする、モノやサービスは各国固有のことば、文化、伝統を踏まえなければ、ほとんど意味のないものが大部分。それをカネで調整しようとするのは、そもそも無理。