ダイアローグ180826

100年前に姿を消した「人格主義」


[この本に学ぶ]
完訳 7つの習慣 人格主義の回復
 スティーブン・R・コヴィー 著
キングベアー出版(2014年) 


1996年刊行の初代『7つの習慣』には「成功には原則があった!」の副題がつけられていたが、2014年刊行の『完訳 7つの習慣』には「人格主義の回復」の副題がつけられている。原書のタイトルはTHE SEVEN HABITS OF HIGHLY EFFECTIVE PEOPLEだから、どちらも原書に忠実な訳とはいえず、いずれも刊行時の世の中の空気を反映した、マーケティング上の事情によって付けられたものと思われる。ということは、現在の日本は、「成功」よりも「人格主義」という言葉の方が受け入れられる、少なくとも本としてはその方が売れる時代を迎えていると見てよさそうだ。

「人格主義」とは、誠意、謙虚、誠実、勇気、正義、忍耐、勤勉、質素、節制など、人間の内面にある人格的なことを大切にする考え方。そして、これらの価値観に即した「原則」的な生き方を個人としてもまた人間関係においても徹頭徹尾貫くこと、それを「7つの習慣」として実践することこそが、成功を収める鍵だと著者は説く。

対する「個性主義」は、成功は、個性、社会的イメージ、態度・行動、スキル、テクニックなどにより人間関係を円滑にすることによって生まれるとする考え方。著者は、こうしたスキルも大切な部分ではあるものの、それはあくまでも氷山の一角であり、水面下にある人格という巨大な土台から生まれたものでなければならないという。

「人格主義」は、日本においては、鈴木正三、石田梅岩らの教えを源流に江戸中期以来、連綿と育まれ「日本型経営」として発展を遂げてきた。90年代後半以降、グローバル株主資本主義の猛威の下に一時期後退したものの、いままた力強く復活の兆しを見せており、それが本書の副題ともなって表れているといえよう。

著者の母国、米国ではどうか。筆者(馬渕)は、米国はずっと以前から「個性主義」の国と思い込んでいたが、それは大きな誤認だった。著者は本書の執筆に先立ち、合衆国独立宣言以来、米国で出版された「成功に関する文献」の調査を行ったが、その結果、建国(1776年)から約150年間に書かれたものは、どれもみな「人格主義」に基づくもの。ところが、第一次世界大戦が終わる(1918年)や、人格主義は影をひそめ個性主義一色に姿を変えたことが明らかになったという。

意外にもまだ100年の歴史しか持たない比較的新しい現象というわけだが、それは奇しくもFRBの設立が計画され(1910年)、フレデリック・テーラーの『科学的管理法』に始まる経営学が誕生し(1911年)、ロシア革命が勃発した(1917年)時期とも重なるものであり、第一次世界大戦が「人の精神のありようを根底から変えてしまった戦争」(『現代の起点 第一次世界大戦』)であったことを端なくも物語っている。

確かに、考えてみれば、アダム・スミスは『道徳感情論』(1759年)の考えを経済学の理論へと発展させる形で『国富論』(1776年)を書いた。経済成長によって万人の生活水準が上がり、万人が幸福になることで秩序も維持され、道徳も醸成される――「経済」と「道徳」をこのような関係として捉えることにより「万人の幸福」を実現しようとした。資本主義は、その基盤として人格主義を築き持つことをもって初めてマトモに機能するものなのである。

本書は44か国語に翻訳され、全世界で3,000万部、日本でも累計200万部を売り上げるベストセラー&ロングセラーとなっているが、このことは、著者が訴える「人格主義の回復」に世界中の人々が深く共感していることの何よりの証だといえよう。現代史の100年が転換点を迎え、人格主義が本当に回復する日が訪れることを切に願いたい。




※本書のNOTEは、PDFで作成しています。
 本ページ最下部よりダウンロードのうえご利用ください。


Ċ
馬渕毅彦,
2018/08/26 6:38