ダイアローグ180805

「業績軸」の経営から「幸せ軸」の経営へ


[この本に学ぶ]
人本経営 「きれいごと」を徹底すれば会社は伸びる
 小林秀司 著
Nanaブックス(2014年) 


「いい会社」とは、社員、取引先、お客様、地域社会の住民、株主という企業に関わる人を大切にする経営を実践、実現していくことでステークホルダーに支援され、持続的に好業績という結果を生み出している会社のこと。この、人を大切にする経営を「人本経営」、人を大切にする志向を優先することを「人本主義」と本書では呼ぶ。

従来型の資本主義にあっては、企業は、利潤を極大化することが存在目的とされ、経営は「業績軸」をベースに実践されてきた。これに対して、人本主義の考え方では、信頼を元手に、関わる人を大切にする経営活動により、結果として利益が得られ、それをより幸福追求するための手段として永続していく。よって企業は、最も近い人である社員の幸福の極大化を実現させていくことが目的となり、経営は「幸せ軸」に沿って展開されていく。

著者の小林秀司氏は、『日本でいちばん大切にした会社』の著者として有名な坂本光司(元・法政大学大学院政策創造研究科教授)氏のゼミのOB。、小林氏の考えを受け継ぎ、「人を大切にする会社づくりのトータルプロフェッショナル」として、中小企業の経営支援を行っている。

本書には『「きれいごと」を徹底すれば会社は伸びる』という副題がついているが、これはいったいどういう意味か。「きれいごと」とは一般に、「そんなきれいごと言ったって…」と、否定的文脈で使われること多い。が、ここでは明らかに「きれいごと」の実践が強く推奨されている。なぜなのか? 理由はこうだー―。

人を大切にする「いい会社」の代表格としてつとに有名な伊那食品工業株式会社(長野県伊那市)では、「いい会社をつくりましょう」の社是のもと、これを実現するための「4つの心掛け」を次のように定め実践している。「ファミリーとしての意識をもち、公私にわたって常に助け合おう」「創意、熱意、誠意の三意をもって、いい製品といいサービスを提供しよう」「すべてに人間性に富んだ気配りをしよう」「徳心をもち社会にとって常に有益な人間であるように努めよう」。

見事なまでの「きれいごと」のオンパレードだが、同社では、こうした「凡事継続」の精神によって、比類なき理想の職場を築くととも、長期にわたる増収増益を続けてきた。「きれいごと」を徹底すると、なぜ会社は伸びるのか? 著者は次のように解き明かす。

『7つの習慣』を著したスティーブン・R・コビーは「良心とは、私たちの心が澄んでいるとき、原則に沿っているかどうかを感知させてくれ、原則に近づかせてくれるために人間に与えられた賜物である」と記している。ということは、良心を育てることが出来れば、人々は皆、原則に従った行動を執るようになり、そこには自ずと調和が生まれるはず。ならば、どうすれば良心は育つのか? そのためには、良心が育つことと相関があると思われる行動を考え、意識して態度に出していくことが肝要となるが、感謝、あいさつ、謙虚など、昔から「大切だ」と繰り返し繰り返し語られてきたこれらの行動や態度は、実は「良心を育てる」効用があるのだと著者は説く。だから、あいさつを習慣化すると、組織に調和が生まれてくるというのだ。

「きれいごと」を徹底すれば会社は伸びる、とはそういうこと。そしてさらに、これからの日本を担う平成世代は、人本主義が目指す「幸せ軸」の価値観にとても親和性が高い。それゆえに、「きれいごと」の実践を通じてどのような調和善循環を生み出していくかが、次世代経営の中心テーマとなるのは間違いないと著者は力説する。




第1章 今、起こっている新しい現実
  • 失われた20年の、2000年前後から人を幸せにすることを目的とした経営者が登場し始めた。
  • 「幸せ軸」の経営は、関わる人々のモチベーションの極大化を目的とする。幸福な社会の実現こそがポスト資本主義社会の姿。
  • 平成世代は、人本主義が目指す「幸せ軸」の価値観にとても親和性が高い。
  • 人手不足を回避するためには人本経営の愚直な実践しかない。
第2章 これからは人本経営が成功する事業モデルと証明された事実
  • 究極の4つの幸せ: ①人に愛されること、②人に褒められること、③人の役に立つこと、④人から必要とされること(日本理化学工業)。この4つの体感を職場でたくさん増やしていくことが、幸せ軸で経営をしていくことに他ならない。
  • マズローの欲求の5段階説: ①生存の欲求(生理的欲求)、②安全の欲求、③所属と愛の欲求(社会的欲求)、④承認の欲求、⑤自己実現の欲求。人本主義社会では、「所属と愛の欲求」以上が大きなテーマ性を持ち、物質的欲求に加えて精神的欲求の充足がより重要性を帯びる。
  • マズローの⑥自己超越の欲求: 目的の遂行・達成「だけ」を純粋に求めるという領域。見返りを求めずエゴもなく、自我を忘れてただ目的のみに没頭する領域。利他の精神。この領域に達することこそが「幸せ軸」経営のめざす姿。
第3章 理念に「幸せ軸」を強く反映させる
  • 共感: 人本主義社会では、豪華な設備や高いインテリジェンスより「共感」が最重要の経営価値となる。言ってることや、やってることに「いいね」「素晴らしい」「そう思う」と共感することで、人々は行動を起こす。どんな業種でも、今の仕事を人本主義社会で必要とされるように意味を捉えなおすことで、蘇生してくる可能性が高い。
第4章 実践 社員第一主義経営
  • 社員第一主義: 社員第一主義という場合、社員とは会社の構成員すべてであり、経営者を含む概念。社員が一番偉いという意味ではなく、社員の幸せ軸を第一に考えた会社経営の行動実践を指す。
  • 社員第一主義を実践する際には、お客様との関係性について明確にしておくことが大切。例えば「社員第一主義・顧客本位主義・社会貢献主義」「会社は社員のため、サービスはお客様のため」。お客様を幸せにするためには、社員が心から幸せ感をもって仕事をしていることが必須。
  • ダイバーシティを成功させるためには、制度をいかに充実させるかではなく、まず風土をよくしていくことが何よりも大切。社員一人ひとり状況が違うので、ケースバイケースで個別対応していくことが重要。「お互い様」という価値観から、助け合ったり、思いやったりする風土が育ち、それが働きやすい職場をつくっていく。

  • 仕事は芸術(沖縄教育出版): 仕事は極めれば美しいもの。「きれい」ではなく「美しい」状態を、仕事を通じて目指すのが「芸術」。
  • サーバントリーダーシップ: 人本経営では、お客様と接している現場の社員がいかに気持ちよく仕事ができるかを気に留めて日々バックアップするのがリーダーの役割。
  • 「空気感」がお客さんを呼ぶ

  • 家族的な人間関係ができると「教え合う文化」が開花する
  • 職場以外のイベントへの出席率は、自社がいい会社になってきているかどうかを推し量る恰好のバロメーター
第5章 ファシリテーター型次世代リーダーを育成する
  • いい会社は、一人ひとりの想いを込めてつくっていくもの。全員が主役となり、全員が気づき行動をしていくことに尽きる。
  • 自発的に気づいて考えて行動をする「自律的社員」を要請していくことが最大のテーマ。そのためには、そうした気づきをより多く引き起こし、深く考えさせ行動に移すことをサポートするファシリテーション能力を身に付けたリーダーを育成する必要がある。
  • 人本経営におけるリーダーに求められる最も必要な資質は「人間力」。人間力とは、①世のため人のために自らの命を生かそうと行動する能力、②あるべき姿に近づくために課題形成する能力、③課題解決のために、自発的に学び、考え、行動し、より良く問題を解決する能力、④豊かな人間性を発揮できる能力、⑤心身の健康を維持する習慣を実践できる意思能力

  • 「良心とは、私たちの心が澄んでいるとき、原則に沿っているかどうかを感知させてくれ、原則に近づかせてくれるために人間に与えられた賜物である」(スティーブン・コヴィー)。良心に従って生きていると、原則と調和できる。
  • 良心を導き出す判断基準:①正しいか正しくないか、②自然か不自然か
  • 良心を育てるためには、良心が育つことと相関があると思われる行動を考え、意識して態度に出していくことが大切。感謝、挨拶、謙虚などの行動や態度は、実は「良心を育てる」効用がある。

  • 「人に愛されること」「人に褒められること」「人の役に立つこと」「人から必要とされること」の「4つの幸せ」を社員に具体的に実感してもらうためにはどうしたらいいかを考え、実践していくことが重要な経営課題。
    1. 必要とされている実感をつくる: 
      やらされ感を徹底的に排除する。仕事の指示をするときには、全体の中でどういう意味がある仕事で、そのメンバ―のどんな能力発揮を期待しているかを説明する。
    2. 役に立っているということを見える化する:
    3. 褒めることを仕組み化する:
    4. 愛されること――新・三方よしの実現:
      家庭での幸せを実感することを仕事が妨げない状況をつくっていく。人本経営における三方よしは「社員満足」「顧客満足」「家庭満足」
  • 「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、褒めてやらねば、人は動かじ」(山本五十六)。承認する行動が人を動かす。①成長を褒める、②貢献を褒める、③継続を褒める、④個性を褒める、⑤態度を褒める。褒める仕組みをつくる。
第6章 人を大切にする会社のリーダーシップ
  • 取引先、協力会社は下請けではなくパートナーとして尊重する。
第7章 「いい会社」から「大切にしたい会社」になるために
  • 「若者」「女性」「障がい者」「高齢者」の4人を見れば、その会社が人を大切にする会社か否かを判別できる。
  • かなりいい会社になっても残ってしまいやすい障壁の最たるものは「残業問題」。
第8章 人本経営で地域も元気に

あとがき
  • 「きれいごと」を徹底しないと、利益は生まれない時代になった。調和善循環を生み出していくために、わが社は今後いかなる「きれいごと」で社会の役に立つ価値提供者になっていくのか――を明らかにする必要がある。
  • 伊那食品工業は、完璧な「きれごと」のオンパレード。
    社是:いい会社をつくりましょう
    社是を実現するための「4つの心掛け」:
    • ファミリーとしての意識をもち、公私にわたって常に助け合おう。
    • 創意、熱意、誠意の三意をもって、いい製品といいサービスを提供しよう。
    • すべてに人間性に富んだ気配りをしよう。
    • 公徳心をもち社会にとって常に有益な人間であるように努めよう。