[この本に学ぶ]
『幸福学×経営学 次世代日本型組織が世界を変える』
前野隆司/小森谷浩志/天外伺朗 著
内外出版社(2018年)
世にいう「ブラック企業」の対極に位置づけられる「ホワイト企業」。その数が増えれば、幸せな人が増え、社会はより良い方向へ進化し、おまけに企業の業績もあがり、経済も活性化し、国力も増し、良いことずくめになる。だから、日本の社会にホワイト企業がどんどん増えてほしい――。「ホワイト企業大賞」は、そんな願いのもと2014年に創設されたが、本書はその企画委員を務める3名が、「幸福」をキーワードに、これからの経営のあり方を探るもの。ホワイト企業大賞を受賞した4社の取り組み事例の詳細も紹介されている。
同委員会は、ホワイト企業を「社員の幸せ、働きがい、社会貢献を大切にしている企業」と漠然と定義する。「漠然と」というのは、あえてそうしたもの。明確に定義すると、それを達成すること自体が目標となり、目標以外の方向性が無視されて多様性が乏しくなり、また「達成したか/しないか」という結果にとらわれれてプロセスがおろそかになる、などの問題点が出てきてしまうからだという。
フレデリック・テーラーの『科学的管理法』(1911年)を出発点とする経営学は、これまでの100年、経済発展に寄与する一方、その極端なまでの「合理性」によってさまざまな弊害を生み出してきた――本書の著者3人は、そうした視点の下、それぞれの専門的立場から、「well-being経営」(身体的、精神的、社会的に良好で満たされた、健やかな状態を持続する経営)を実現するための方途を提言する。「みんなが幸せになれる会社」づくりを中心線に据えた、新しい時代の経営学である。
「ホワイト企業大賞」を受賞した4社の事例紹介の中で印象的だったのは、当該企業の4人の経営者全員が、それぞれに「眼からウロコ」の気づきの瞬間を持ち、それを転機に、自分が本当にやりたいことに目覚め、その内発的モチベーションを力の源泉として、現在に至る企業の姿を遮二無二築き上げてきたこと。別の言葉でいえば、「本当の自分との出会い」こそが、転機をもたらしたといえる。
西精工株式会社(徳島市)の西社長にとっての「転機」は、参加したある経営塾で、「社員のことを謳っていない経営理念は経営理念ではない」という言葉を聞いたときだった。西社長は、この言葉に「目を覚まされた」という。そして翌年、「大家族主義経営」を謳った経営理念を発表した。「社員一人ひとりの幸福が、私の一番の幸福です。会社に関わるすべての人の幸福を追求して、みんなで物心ともに豊かになりましょう」。
ぜんち共済株式会社(東京都千代田区)の榎本社長の場合も、ある経営講座での講師の「企業経営で大切なのは、社員とその家族の幸せを第一に考えることだ」という言葉だった。そのとき、榎本社長は「あれこれ悩んでいたのが、ウソのようにすとんと肚落ちした」という。
本書の共著者の一人である小森谷浩志氏は、「これからの経営学」のひとつの方向性として「存在を掘り下げる経営」を提唱する。VUCA時代(Volatility, Uncertainty, Complexity, Ambiguity)と呼ばれる、変化が激しく先行きが見渡せない現代にあっては、「自分や自組織は何者か」「何のために存在するのか」と自己のあり方を問い直し、より本質を掘り下げる重要性が増している。なぜなら、自己の存在を知らずして、「どちらにむかったらいいのか」方向性を見出すことはでき得ないからだという。
私たちが、深く深く自己をみつめ直したとき、そこには、私たちの先人が長年にわたって培ってきた「日本型経営」の持つ価値が、いま再び、しっかりとした輪郭とともに浮かび上がってくる。「勤勉」「正直」「助け合い」などの精神を育んできた、石田梅岩(1685-1744年)の教えを礎とするこの国の知恵が、息を吹き返えそうとしているように見える。
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1章 幸福学が経営を変える
- 幸せの定義: ①ヘドニズム(快楽主義/刹那的な快楽や喜びの繰り返し)、②ユーダイモニズム(幸福主義/意義ある人生としての幸せ=長続きする幸福感)。happinessは①②の両方を含む広範な意味。「幸せ」は相当するのはwell-being。
- 何が人を幸せにするのか: ①地位財による幸せ=金・モノ・社会的地位など他人と比べられる幸せ→幸せが長続きしない。②非地位財による幸せ=心・安全・健康など他人とは関係なく得られる幸せ→幸せが長続きする
- フォーカシング・イリュージョン: 地位財がもたらす喜びはそのとき限りで、長続きしないから虚しい。虚しいのに、いや、虚しいからこそつぐにもっともっとと求めてしまう。この現象は、企業においても起こっているのではないか。株主の満足は地位財によるもの。社員の満足は地位財+非地位財によるもの。
- 非地位財: 治安がいい、有害物質が少ない、紛争リスクが少ないといった外的な環境要因や、健康状態などの身体的要因も含まれるが、その多くは自由や自主性、愛情、社会への帰属意識といった形のない心的要因。
- 幸せの4つの因子: 4つの因子は互いに深く関わり合っているため、4つともある程度バランスよく育てていったほうが、全体としての幸福度が高まりやすい。
- 「やってみよう!」因子(自己実現と成長の因子)
- 「ありがとう!」因子(つながりと感謝の因子)
- 「なんとかなる!」因子(前向きと楽観の因子)
- 「ありのままに!」因子(独立と自分らしさの因子)
- 幸福度は成長の源泉: 幸福度の高い社員ほど創造性が高く、仕事の効率も高く、求められた以上の働きやソーシャルサポートを惜しまない。欠勤率や離職率は低く、上司や顧客から高い評価を受ける傾向がある。
- 社員のパフォーマンスは、「従業員満足度」との相関が高くない一方、「社員幸福度」との相関は高い。満足度は、人の人生における部分的な充足を測る指標。幸福度は、企業の社員としての部分的な満足だけでなく、人間関係や家庭環境、余暇の過ごし方などを含めた、個人としての人生全般にわたる充足を測る指標。範疇がはるかに広く、全体的。
- 第1因子と第4因子がバランスを欠いて強いと、無意識のうちに自己実現と成長を“強要”され、ブラック企業と化す。ホワイト企業とブラック企業との差は、第2因子のレベルにもっとも顕著に現れる。
- ホワイト企業の3つの因子:
- 「いきいき」因子=いまの仕事やその会社で働くこと自体に喜びや楽しさを感じているという、直接的な働きがいに関する因子
- 「のびのび」因子=互いを尊重しあう自由闊達な社風のなかでのびのびと仕事ができているか
- 「すくすく」因子=自分の成長をどれだけ実感できているか
- 幸せは伝染する: 社員が幸せになれば、会社全体が幸せになる。社員や会社が幸せになれば、その幸せは顧客にも伝わる。
2章 働く人の幸せを追求するホワイト企業大賞受賞企業の物語
- 西精工業株式会社
- 毎週月曜日、出社するのがワクワクする=90%
- 社員のことを謳っていない経営理念は経営理念ではない。「みんなの幸福のために」とはっきり打ち出すことが出来なかったのは、自分に覚悟がなかったから。
- 大家族主義経営: 社員の家族も含め、みんなを幸福にする
- 「乱文通信」をもとに200項目の「フィロソフィー」 →毎朝1時間の“考える朝礼”で理念を現場に落とし込む
- 障がい者雇用の取り組み
- 改革とは“物語”を描くこと
- ぜんち共済株式会社
- 「我々には使命があるのだから」と大義一辺倒で人を動かそうとすれば、組織からは活気も、笑顔も、思いやりも失われ、肝心の使命を果たすモチベーションまで損なわれてしまうだろう。
- 人本経営: 企業経営で大切なのは、社員とその家族の幸せを第一に考えること。
- 有限会社アップライジング
- 許し、受け入れる文化
- 磨け、磨け、自分を磨け。タイヤとホイールと、自分を磨け。
- 家族に誇れる、家族が誇れる会社
- ダイアモンドメディア株式会社
- 自然の摂理に則った組織づくり。自然界には競争戦略も成長戦略もない。生存戦略があるだけ。そうした観点から事業をとらえ、社会・経済システムという生態系の中で、どこへ行けば競争をしなくて組むか。
- 結局は「メンバー・顧客を含め、関わる人全員が幸せである」ことに尽きる。「みんなが幸せになれる会社」をシステム化する。その具体的な仕組みの柱は、①情報の透明性・対称性、②労使・権力の消失、③報酬・人事システムの確立
- 人事的な組織図がなく、稟議や決裁権もないため、意思決定は“その場”で行われる。その意思決定を導き出すリーダーや責任者的な役割を担う人もチームの内からの“自然発生”に委ねられる。
- 多数決による意思決定は、やればやるほど、現場から健全なリーダーシップが失われ、会社が悪くなる。
- 組織は本来、自然の法則に支配される生きもの。理念や計画で「あくあるべし」と枠にはめてしまうと、必ずどこかに無理が生じる。かといって理念がないわけではない。そもそも理念は“念”だから言葉にできない。仕事で表現するしかない。
3章 これまでの経営学 これからの経営学
- 組織論の背景にある人間モデルの系譜
- 経済人モデル: 人間は給与・労働条件など経済的報酬で動機づけられる(テーラー)
- 社会人モデル: 人間は社会的動機、つまり人間関係によって動く。合理的ではなく感情的で、打算的ではなく献身的(メイヨー)
- 自己実現モデル: 「社会人」が仲間に受け入れられるかを気にかける感情的で環境に左右される他律的な存在であったのに対し、自ら成長を求める自律した人間観(マクレガー)
- 経営人モデル: 合理的な意思決定を行う(サイモン)
- 複雑人モデル: 個別の人それぞれの特性、多様性に着目(シャイン)
- 経営学100年の系譜を、人間をどのようにみなしていたのかから見ると、経済合理性追求のための1900年代初頭「コスト」とみなるところから始まり、1950年代に「資源(resource)」へと移行。これからは資源のひとつから本来性、「存在(being)」そのものへの移行を進める時期に来ているといえる。
- テーラーイズムからスタートした経営学は、経済発展に寄与したという功績の一方、副産物として3つの病を生んだ。
- 手法病: より良い経営という“在り方”より、上手にするための“手法”に偏っている。→手法が目的化する。
- 計画病: 経営や戦略は本来、秩序正しい静的なものではなく、動的でダイナミック、ある意味予測不可能な混乱のただ中にあるプロセスだといえよう。→定量化が重視される/計画だけで実行されない
- 分離病: 全体が見えなくなり、自分のところの利のみを追う。→孤立や対立の文化がはびこる
- 存在を掘り下げる経営: VUCA時代(Volatility, Uncertainty, Complexity, Ambiguity)においては、「自分や自組織は何者か」「何のために存在するのか」「世界は自分たちに何を求めているのか」と自己のあり方を問い直し、より本質を掘り下げる重要性が増している。
- 利を追わない経営: 旭山動物園の理念は「伝えるのは命の輝き」。「利益の追求ではなく、本気で動物のことを考えた」
- 苦悩を味わう経営: 苦悩に着目するというのは、自分の弱さや醜さも含めて、仲間にさらけだすこと。人間本来の自然な姿で生きるであり、自分の人生の主人公になること。そして、さらけ出された弱さを受け入れ、許してくれる関係性、風土を育てていくこと。
- これからの経営学の4つのヒント
- 自覚: 深く自らを認識し、感じとる
- 共鳴: 内から湧きあがってくる使命を原動力とする/同僚を超え、「同苦」を味わう仲間となる
- 小欲: 利益はあくまでも結果として捉える
- 畏敬: 自分を超えた大きな関係性の中で自分と自分たちを捉える
4章 ホワイト企業への道
- ホワイト企業=社員の幸せ、働きがい、社会貢献を大切にしている企業 →社員の幸福の追求
- フロー経営: 「フロー」とは、何かにのめりこんで無我夢中で取り組んでいると奇跡が起きる現象。「フロー状態」は社員の幸せにつながり、「フロー経営」は「ホワイト企業」に通ずる。
- 日本独自の経営: 世界の中でこれだけ進んでいる日本社会の中における企業経営なのに、どうしたわけか経営学者も経営者も欧米の経営学ばかりを追いかけている。もっと日本独自の経営を探求し、世界の企業経営をリードすることはできないのだろうか。日本独自の経営学の樹立には「幸福学」からの貢献が欠かせない。