ダイアローグ171012

「虫の眼」と「鳥の眼」の弁証法


[この本に学ぶ]
成功は一日で捨て去れ
柳井 正 著
新潮文庫(2012年)


ファーストリテイリンググループの柳井社長が、ユニクロの創業から今日に至る足取りを赤裸々に綴った2冊の本。『一勝九敗』は1984~2003年までを、『成功は一日で捨て去れ』は2004~2009年までを対象としたもので、本欄では、両書をまとめて紹介する(『一勝九敗』のNOTEについては#20171006ご参照)。

『一勝九敗』の巻末には「二十三条の経営理念」の全文とその詳しい解説文が、そして『成功は一日で捨て去れ』には「FAST RETAILING WAY (FRグループ企業理念)」の全文とその詳しい解説文が、それぞれ収録されている。

「二十三条の経営理念」。その原型が作られたのは、柳井氏が父親の会社に入って全部を任されるようになってなってしばらくした30歳の頃。「いい会社とは、どんな会社か」「いい会社にするためには何が必要か」を真剣に考えて一つずつ書き出していき、最初は7つぐらいから始まり、毎年次々と追加して二十三条に至ったものだ。一方、「FR WAY」は2008年、「二十三条の経営理念」をベースに、当時本格展開を始めたグループ経営ならびにグローバル経営に対応する形で改訂したもので、現在はこの「FR WAY」がFRグループの企業理念として掲げられている。

「ユニクロの急成長は、あくまで企業理念を実現しようとして、全社一丸となって精一杯努力した結果であり、ブームは会社側でコントロールできるものではない」
「(経営コンサルタントの)安本先生の指導で、譲らなかったのは経営理念だ。…先生は『社員が覚えないと意味がない。十七では覚えにくい。五つくらいにまとめるべきだ』というが、絶対に必要な理念なので、一つが欠けてもダメ、他社が少ないのは当社とは関係ないと反論し、納得してもらった。会社で働く社員全員がこの理念に心底共感し、共通認識として持って欲しい考え方だ。これは譲れなかった」
「会社というのは企業理念に示された価値観に賛同する人々が集まってきて、経営したり仕事をするという機関、あるいは組織である」

といった言葉にも明らかなように、柳井氏の経営のど真ん中には「経営理念」が、決して揺らぐことなくデンと据わっている。そしてそれは、役職員らに向けて発せられたものというよりも、むしろ柳井氏が自らに向けて課したコミットメントとしての性格をより強く持っているように思われる。そのことは「二十三条の経営理念」の各条が、「顧客の要望に応え、顧客を創造する経営」「良いアイデアを実行し、世の中を動かし、社会を変革し、社会に貢献する経営」といった具合に、すべて「〇〇〇〇な経営」という言葉で結ばれていることにも表れている。

「経営理念が経営者を縛る」というのは、喩えていえば、国の「憲法」が国民一人ひとりの自由を保障すると同時に国家権力を制限するための法でもあることと似ている。柳井氏は、「二十三条の経営理念」に即した経営を実現することをこそ自らの課題と考え、経営を推し進めてきたのである。

事実、柳井氏は社内会議の席上などでも、個々の検討課題の是非を逐一、経営理念と照らし合わせながら判断したという。社員の提案に対し「その案は、経営理念〇〇条の考え方に反しているから練り直せ」といった具合にだ。

ただ柳井氏は、経営理念だけをひたすら妄信する原理主義者ではない。経営理念という「原理原則」を頑なに守る一方、同時に、誰よりも「現場、現物、現実」を大切に考えるリアリストでもある。「木と森」の関係に喩えて言えば、「木を見て森を見ず」ではなく「木を見て森も見る」。より正確にいえば「木を見て、すぐ森を見る。そしてまたすぐ木を見て、森を見る…」。こうした視点間移動を猛烈なスピードで、しかも大きな振幅をもって繰り返すというのが柳井氏の思考スタイル、実践スタイルだといえよう。

それはまたマクロとミクロ、理論と実践、理想と現実、理屈と感情、大局と小局、全体と部分、組織と個人といった対立する概念における関係性にも相通ずるもの。木を見る目だけでなく、木を見る目と森を見る目の両方の目を持つ。俗にいう「虫の眼と鳥の眼」の双方を持つことにより、A or Bという二者択一ではなく、A もBも同時に成り立たせる弁証法的な解を見出していく。それを衆知を集めて実践していく――それこそが経営の要諦だ、というのが柳井流経営論の核心といえよう。

「経営とは、人間の創意工夫で矛盾の解決をすることです」。柳井は「2007年 新年の抱負」で、社員に向かってそう語り掛けた。

また「2009年 新年の抱負」では、「虫の眼と鳥の眼」の双方を持ち、かつそれを実践することの大切さを次のように訴えている。

我々全社員は1枚1枚の服の企画、生産、販売を通じて
お客様の満足の最大化を図ります。
反対に世の中を変えるような大ホームランを狙います。
1000万枚単位のホームランを狙います。
本当に真剣に、真剣に、真剣に1枚、1枚をお届けします。
それと同時に1000万枚単位で売ることをいつも、いつも、いつも考えています。




第1章 安定志向という病
  • 企業経営はダメなら変える: 世間とか世の中は自分よりももっとずっと大きな存在なので、自分の都合などは聞いてくれない。社会的に必然性がなければ失敗する。社会がその事業を要求するから成功するわけで、本当は何も思い悩む必要などないのだ。
  • 会社は放っておくと倒産する: 危機感を持ちながら経営しない限り、会社は継続しないし、「いつも危機」と考えて経営しないと維持や継続さえもできない。危機感と不安とは違う。危機、つまりリスクを裏返すとプロフィット、要するに利益に通じる。会社経営では、危機は利益と同義語なのだ。
  • 2005年 新年の抱負: マーケットインとプロダクトアウトの両方を強化していきます。マーケットのニーズはほとんどの場合、潜在化しています。市場で自信をもって競争力のある絶対的な商品をプロダクトアウトし、その潜在需要を顕在化させた企業だけが残ります。まさに真の付加価値を市場で提供し、認知されたものだけが生き残る、そんな世界です。
第2章 「第二創業」の悪銭苦闘
  • 組織の肥大化は官僚制を生む: ちょっとした組織ができてくると、「組織保存の法則」というものが働いて、誰でも組織を守ろうとする。はじめに「仕事」というものがあって、それを成し遂げ成果を上げるために「組織」をつくって分業しなければならないのに、あたかも組織というもののために仕事が存在するような現象だ。…すべての仕事はお客様のために存在する。お客様の役に立っていな仕事は不要と考えるべきだ。
  • 成功の復習に意味はない: 仕事というものは、自分の専門分野のことだけ考えればよいのではなく、部門を超えてどんな影響を与えあうか考えながらやるべきものである。
  • 「外資系企業に見える」は勘違い: 外資系の会社では人間関係がドライだ。自分は報酬をもらって、自分の信条とは関係なくその仕事をしている。あるいは、会社そのものへのロイヤリティではなく、自分の専門職へのこだわりがあって、いろんな外資系の会社を転々とするなかで自己実現のためにたまたまその会社にいる、ということもあるだろう。日本の会社の場合には、会社に対してロイヤリティを感じながら、自分の生活のなかに仕事があって自分と会社が切っても切り離せない状態になるという人が多い。
  • 企業の社会的責任とはなにか: 政治が弱体化したため国は社会を変えられなくなったが、むしろ企業の方が社会を変えられる場合がある。企業が社会を変えられるというのは、企業がそれだけ権力や権限を持っているということ。権力や権限の反対側には、常に責任がある。
  • 障がい者雇用への取り組み: 障がい者を雇ったら、店舗内部の従業員のコミュニケーションが非常にうまく回りだした。彼らが一生懸命に仕事をしている姿を見て、ほかの販売員がその人に協力しなければいけないとか、その人に対して気遣いをし始めた。…雇用した人のご両親が非常に喜んでくれるのだ。…ぼくはこれが本当の社会貢献ではないかと感じ入った。
第3章 「成功」は捨て去れ
  • 変わりゆくSPA: 人は商品そのものを買うと同時に、商品のイメージや商品に付随する「情報価値」を買っている。…そういう情報価値を商品とともに届けるというようなことが、相対的に小売業では少ないのではないかと思う。…ぼくはファッションだけが服を買う理由ではないと思っている。機能や素材、着心地、シルエットになど、その服の持つ「情報」そのものを、商品と一緒に伝えて買っていただく。…そして、そこに至る大前提として、まずユニクロという企業の「生き方」を理解してもらい、ユニクロだから買いにいこうと思ってもらう。
  • 理論・分析だけで売れる商品はつくれない: 人が物を買う行動を起こすのは、その人の感情と条件反射によっているのではないかと考えている。…人が人をすきになるのに理由はない。感情のなせる業である。…たぶん、科学的・分析的なアプローチと、アートに近い感覚的アプローチの2つがあって、それが融合するとよい商品ができるのはないだろうか。どちらか片一方がなくなったら成立しないが、どちらかといえばアートに重きがあると思う。

  • 成功の方程式など存在しない: 周りの人たちから見ると、ぼくの経営のやり方は非常に客観的で論理的な感じがする、とよく言われる。だが実は、自分ではまったく反対に、感覚的で直感的な言動や意思決定が多いと思っている。しかしそうはいっても経営の実践では、感覚的・直感的だけに偏っていては失敗するので、物事を論理的に進めたり指示したりする必要があると思い、いちいちいろんな理屈や理由を付け加えている。だがそれを言いながら「本当にそうかなぁ…」と思っている別の自分が傍らにいる。まあ、人間はそんな矛盾を抱えつつ、それらをどこかで調和させながら意思決定し「経営していく」、広い意味で「生きていく」ものだのだろう。…仮に「成功の方程式」のようなものがあって、あらゆる現象を分析してそれを作れたとしても、一瞬の間に周りの状況が変わるので、その方程式もすぐ使い物にならなくなる。つねに現実で起きていることを自分の感性で見て判断し、かつ論理的・分析的に進める。その2つの総和と統合が必要なのだ。
  • 2007年 新年の抱負: 経営とは、人間の創意工夫で矛盾の解決をすることです。
第4章 世界を相手に戦うために
  • なぜ990円ジーンズだったのか: よく、先行している商売人が流行を作り出すとか、お客様の心理を作り出すといった類の話があるが、そんなことは実際にはあり得ない。こちらから心理状態を変えるなんて滅相もないことだ。重要なのは、お客様の心理状態に合わせて商品を作り出すことなのだ。
  • 新しいシンボルマークに込めた意味: 基本的に企業のマークには、会社が過去にやってきたこと、今現在やっていること、将来やろうとしていることがつながって表れていなければならない。そして、ファーストリテイリングの精神的な基盤を言葉で表すと「革新と挑戦」になる。

  • グループの企業理念「FR WAY」: 2008年9月に…FR WAYを公表し、グループ社員全員に周知すると同時に、我々の会社はこういう経営方針でこういうことをやり、社会にたしてはこんなことで貢献していきます、と社外に宣言した。「我が社は本当に良い会社です」ということを伝えないと、商品だけ販売しようとしてもなかなか売れない状況になってきたとも言える。
  • 服を変え、常識を変え、世界を変えていく: 会社というのは企業理念に示された価値観に賛同する人々が集まってきて、経営したり仕事をするという機関、あるいは組織である。…FR WAYには、その考えや使命を実現するために仕事をしている、という姿勢や方向性が示される必要がある。
  • 2008年 新年の抱負: 私は創業の時から自分の商売に理想を求めました。その上で現実の商売に悪戦苦闘してきました。
第5章 次世代の経営者へ
  • 世界最高水準の経営者養成機関をつくる: ぼくが考えている教育の最終の姿は、仕事自体が教育そのものになるというものだ。FRMICでは、…経営の本質を教える、あるいは教え合うのが目的だ。…世界最高の考え方で考え、実践する。それも、つねに意識改革と全社改革を伴いながらである。そのための価値判断基準としてFR WAYがあるのだ。
  • 会社は誰のためにあるのか?: やはり会社は「お客様のため」に存在するのが本質だ。株主のためや社員のため、もっとひどいのは経営者のため、そんなことはあり得ない。
  • ぼくが尊敬する松下幸之助さんは、「衆知を集める」という言葉を大切にされていた。自分の周辺の現場を知る社員たちが一番の知恵を持っているし、会社のことを大事に思っていてくれる。その人たちの知恵を集めれば怖いものはない。それが一番よい経営の方法なのだ、との教えだ。

  • つねにお客様にとって付加価値のある良い商品とは何かを考え、それを提供することが「顧客の創造」に繋がると考えている。また、付加価値をつけるというのは、今までになかったものを作るということである。
  • 顧客の創造」に関して、ドラッカーは「企業の目的は、それぞれの企業の外にある」とも言っている。本来、我々がターゲットにすべきなのは、まだお店に足を運んでくれていないお客様、つまり潜在的な需要をつかまえることなのである。
  • CFでは、…「実質」をちゃんと伝えたうえで、「イメージ」をプラスすることが重要だ。…宣伝広告は実質のターボエンジンのようなものである。

  • ドラッカーはこうも語っている。「あらゆる者が、強みによって報酬を手にする。弱みによってではない。したがって、つねに最初に問うべきは、『われわれの強みは何か』である。」…不思議なことに長所を伸ばしていくと、欠点というのはどんどん消えていく。
  • 2009年 新年の抱負: 本当に真剣に、真剣に、真剣に1枚、1枚をお届けします。それと同時に1000万枚単位で売ることをいつも、いつも、いつも考えています。
  • 私は、個人と私企業こそが社会を変えることができると信じています。決して国や、政府や、行政ではありません。全世界を良い方向に変えていきます。社会をブレークスルーする会社にします。


FAST RETAILING WAY (FRグループ企業理念)

ステートメント ─ Statement
  • 服を変え、常識を変え、世界を変えていく
ファーストリテイリンググループのミッション ─ Mission

ファーストリテイリンググループは─
  • 本当に良い服、今までにない新しい価値を持つ服を創造し、世界中のあらゆる人々に、良い服を着る喜び、幸せ、満足を提供します
  • 独自の企業活動を通じて人々の暮らしの充実に貢献し、社会との調和ある発展を目指します
私たちの価値観 ─ Value
  • お客様の立場に立脚
  • 革新と挑戦
  • 個の尊重、会社と個人の成長
  • 正しさへのこだわり
私の行動規範 ─ Principle
  • お客様のために、あらゆる活動を行います
  • 卓越性を追求し、最高水準を目指します
  • 多様性を活かし、チームワークによって高い成果を上げます
  • 何事もスピーディに実行します
  • 現場・現物・現実に基づき、リアルなビジネス活動を行います
  • 高い倫理観を持った地球市民として行動します