ダイアローグ170727

「生きている状態」とは何か?


[この本に学ぶ]
生命を捉えなおす
清水 博 著
中公新書(初版1978年/増補版1990年)


本書のテーマは「生きている状態」とはどういう状態のことを言うのか、を明らかにすること。その対象は人や動植物に限らず、人が作る組織や社会、さらにはあらゆる生命を含む環境にまで及び、それらの生命システムに共通する「生きている」ことの普遍的な原理が解き明かされていく。

本欄では前回、著者の最新刊である『<いのち>の自己組織』(2016年刊)を紹介したが、本書『生命を捉えなおす』(初版1978年/増補版1990年)は約40年前に著された、生命関係学の初期の代表作にあたるもの。今日に至る著者の思索が、一貫して自然科学的理解を基盤に構築されてきたものであることを知ることができる。

「生きている状態」とは何か? それに対する答えの詳細は下掲の<NOTE>に譲るとして、本サイトのテーマである、「人と組織」をどうすれば「生き生きとした状態」に保つことができるかという観点から著者の論旨を追いかけてみるとーー。

まずは「生物」と「非生物」。この両者はどこがどう違うのか? 生物であれ非生物であれ、それらはいずれも、分子・原子レベルで見ると同じようなものなのに、いったいどこに違いがあるのか。
  • 非生物が自発的には動かないように見えるのは、その構成要素のランダムな運動が、互いに相殺しあって、肉眼で見えるような大きな運動として外へ現れてこないため。「生きていない状態」とは、要素の無秩序な運動状態だといえる。
なるほど。分子・原子レベルにまで分解すると同じようなものであっても、生物と非生物とでは、その「状態」に大きな違いがあると。ポイントは「秩序」の有無というわけか。
  • 生きている状態にある系は、高い秩序を自ら発現し、それを維持する能力を持っている。
  • その秩序は、結晶に見られるような「静的秩序」ではなく、「動的秩序」であり、その秩序を安定に維持するためには、エネルギーや物質の絶えざる流れを必要する。
  • エントロピー増大則という普遍的な自然法則によれば、[秩序→無秩序]という変化から何物も逃れることができないはずなのに、生きている系では、[無秩序→秩序]という逆の変化が普遍的に起きている。
非生物は、時間の経過とともに、壊れたり、汚れたり、腐ったりする。これはもうどうにも回避のしようがない現象だ。ところが生物は、「死」を迎えるまでは腐らない。エントロピー増大則という普遍的な自然法則とは真逆の[無秩序→秩序]という現象が、絶え間なく繰り返されているからだという。実に驚きだ。
  • 動的秩序が形成されているときには、ミクロとマクロの間にフィードバック・ループができ、このループを通じて互いに相手に影響を与える。そして異なるミクロな要素の運動(時間的変化)の間に、このループによって、マクロな秩序を高めるための(間接的な)協同作業ができあがる(=動的協力性)。
マクロとミクロとは、例えていえば、私における細胞と身体との関係。私の身体の各部位における各々の細胞(ミクロ)が、身体というマクロとの間で緊密な情報交換を行い、その「動的協力性」によって私の身体は正常に保たれているわけだ。

そして著者は、人と組織、組織と社会なども同様のミクロ(要素)とマクロ(場)の関係として捉え、両者の間のループによって展開される「動的協力性」に注目する。
  • この動的協力性は人間の集まりにも存在し、人々は社会の秩序を発展させるという働きを通じて互いに協力しあう。全く知らない人々の間でも、秩序をつくるという行動を通して協同性や連帯性が生まれる。生きている系にはみな、このような動的協力性が働いて秩序を形成している。
「生きている状態とは?」という本書のテーマに対する著者の答えをひと言でいうと、「生きている状態にあるシステムは情報を生成しつづける」という言葉になるが、そうした「情報」の生成は、当然のことながら無闇やたらに行われるわけではなく、そこには必ず何がしかの「法則性」が存在する。
  • 動物や人間は、さまざまな情報障壁を設けて、多くの情報を排除して法則性を発見することが可能な程度の情報量をその内側の世界に取り込んでいる。要素的な情報群の中に発見される無数の法則性に対し、自己の世界の意味的な境界(セマンティック・ボーダー/意味的な拘束条件)を導入することによって法則性を取り出す。
  • 企業哲学または企業文化と呼ばれているものは、情報の中にその企業が欲しい(意味をもつ)情報を発見したりつくったりするための拘束条件ともいえ、企業のセマンティック・ボーダーに相当する。
以上のような理解に基づけば、「経営理念」が担う機能は、セマンティック・ボーダーに他ならない。
  • 生命システムが本質的に創造的な存在であることは、さまざまな「フィードフォワード・ループ」によって大きな生命体の(意味的な)時間と空間の中に、固有の位置をつくりだすことではないか。
  • セマンティック・ボーダーの設定は、フィードフォワード制御のための法則性をつくるのに必要。
経営理念によって組織(マクロ)の意味的秩序のあり方を明らかにし、それを社員(ミクロ)が共有することによってフィードフォワード制御(あるべき状態にこれからの状態を合わせるように自己制御すること)を可能とし、高い動的協力性を実現する――。生き生きとした組織を生み出す原理は、私たちの健康な身体をつくる原理と寸分違わないことを、本書は、「生きていること」の自然科学的理解を通じて私たちに教えてくれる。




第Ⅰ部
第1章 背景となること

第2章 生きている状態
  • 非生物が自発的には動かないように見えるのは、その構成要素のランダムな運動が、互いに相殺しあって、肉眼で見えるような大きな運動として外へ現れてこないため。「生きていない状態」とは、要素の無秩序な運動状態だといえる。構成要素のランダムな運動は揺動力(無秩序な力)を生み、常に秩序を壊すように働くから。
  • 生命現象にともなって秩序の高い運動が自発的に出現するためには、構成要素の運動そのものに、何らかの形で秩序が出現する必要がある。
第3章 マクロな状態とエントロピー
  • 系のグローバルな性質やマクロな性質を調べるのに適した尺度は、構成要素の状態が常に揺らいでいる可能性を考えると、その構成要素の各種類の割合は判別できても、要素を一個一個、区別することはできないという程度ということになる。
第4章 静的秩序と生命
  • 生きている状態は、特定の分子や要素があるかないかということではなく、多くの分子や要素の集合体(マクロな系)が持つ、グローバルな状態(相)だといえる。
  • 生きている状態にある系は、高い秩序を自ら発現し、それを維持する能力を持っている。
  • その秩序は、結晶に見られるような「静的秩序」ではなく、「動的秩序」であり、その秩序を安定に維持するためには、エネルギーや物質の絶えざる流れを必要する。
第5章 動的秩序の自己形成
  • エントロピー増大則という普遍的な自然法則によれば、[秩序→無秩序]という変化から何物も逃れることができないはずなのに、生きている系では、[無秩序→秩序]という逆の変化が普遍的に起きている。
  • 動的秩序が定常的に出現するには、系の中に自由エネルギーや自由エネルギー源となる物質が流れ込むことが第一に必要。第2に、系の中でおきる変化や運動に伴って生じてくるエントロピー(熱)や分解物を系外に出すことが必要。
  • 「開放系」にあっては、系は同時に2つの異なる熱源(エネルギー源とエントロピー吸収体)と接触しているため、どちらの熱源とも平衡になることができず、絶えず非平衡状態にある。
  • 地上の系は、ある条件下では、太陽と宇宙空間という温度の異なる2つの熱源に接触した開放系に近くなる。地表が一種の開放系になっていることが、「進化」というエントロピー増大則に一見逆らって秩序を高くしていく現象を可能にしている。

  • マクロな秩序を生むための原理: 1)ミクロな自己複製機構があること。2)この複製が自己増殖的に進行するための必要条件が系にそなわっていること。
  • 頭でっかちな不安定状態を解消しようとして系に協同的に起きる変化こそ、自然に広く存在するエントロピーの増大という熱力学的な方向性に対抗して、系の中にマクロな秩序を自己形成する力になる。
  • ポンピングまでを含めて考えると、動的秩序が形成される場合にも、系と二つの熱源を含む大きい系としてはエントロピーの増大は起きている。
  • 生命現象の核心には、マクロとミクロの間のフィードバック・ループが存在している。このことは、人間と社会との関係にもあてはまる。個人と社会とは、絶えずその意見をフィードバックしあいながら変化をしていく。
第6章 生体運動と動的協力性
  • 生命現象を示すことのできる系(=生命系)には、「生きている相」と「死んでいる相」の2つの相がある。生きている相にある生命系には秩序の自己形成をする能力があり、そこで生まれる動的秩序を伴った現象を「生命現象」と名付ける。
  • 生きている相に出現する秩序は「動的秩序」であり、自由エネルギーの絶え間のない散逸(エントロピーの増大)の下に、開放系で出現する。
  • 動的な秩序は、自由エネルギーの流入が一定の閾値を超えたときにはじめて出現する。系には不安定な状態が作られ、この不安定性を解消する方向の変化が自己増殖的に増幅され、秩序の高いマクロな変化に発展する。
  • 動的秩序が形成されているときには、ミクロとマクロの間にフィードバック・ループができ、このループを通じて互いに相手に影響を与える。そして異なるミクロな要素の運動(時間的変化)の間に、このループによって、マクロな秩序を高めるための(間接的な)協同作業ができあがる(=動的協力性)。
第7章 リズムと形態形成
  • フィードバックのある系には「リズム振動」が発生する。リズム振動が常に一定の時を刻むためには、物質の科学的変化が一定の流れとして系の中に流れ込んでいることが必要。
  • 時間的秩序: 生体には物質の代謝の調節をするさまざまな酵素が存在し、物質の科学的変化の流れが平均して一定になるようコントロールされる。これにより生物に共通する日周リズムをはじめ、さまざまなリズム振動が生みだされる。
  • マクロな広がりを持つ系に時間的秩序が現れるときには、拡張した意味での「動的協力性」が存在すると考えられる。
  • 引き込み現象: 系の中でたまたま強く相互作用しあう(または引き込みやすい状態にある)振動子がかたまっていると、その間に「引き込み」が起こり、特定の振動数と位相をもったやや大きい振動が出現する。そして、これが周りの振動子の振動をさらに引き込んでますます成長していく。
  • 位置の情報: 細胞が集団をつくって、ある基本的な秩序が与えられていると、そのパターンが「位置の情報」を各要素に与える。その情報によって各細胞の分化がますます協同的になり、このために位置の情報がますます明確になるので、それにつれてパターンの秩序がさらに高まっていく。
第8章 秩序の自己形成と情報
  • 生きた自然はエネルギーではなく「情報」によって支配されている。情報という量が「負のエントロピー」に等しいと考えられるようになっている。
  • 価値や美の世界から全く離れて発展してきた自然科学が、情報という量を媒介にして、それらの世界に関係する社会科学や人文科学とつながっていく可能性がある。
  • 子孫に伝えられる遺伝子は、一定の配列のまわりを絶えずゆらいでいる状態にある。環境のなかで最も有利に生きて進化していくためには、「遺伝子のゆらぎ」と「環境」との相互作用によって絶えず情報を獲得していくこと(絶えず創造的な仕事をすること)が必要になる。
  • 秩序と自由: 生きている系における秩序の自己形成には、①要素が系全体の発展に協調して秩序をつくること、②根本的には各要素の状態はゆらぐことができ、環境の中から系の発展にとって最もよい条件を選択できること、の2つが大切。人間の社会に当てはめれば、①は社会的な制約の下での社会の発展のための協同作業、②は個人個人による自由の享受にあたる。各人の自由を前提とした秩序の自己形成こそが大切だといえる。
第9章 新しい自然像 新しい人間像
  • 系にマクロな秩序ができるまでは独立におきていた各要素の運動が、マクロな秩序をつくるフィードバック・ループの中に入ることによって「協同性(動的協力性)」をもつ。
  • この動的協力性は人間の集まりにも存在し、人々は社会の秩序を発展させるという働きを通じて互いに協力しあう。全く知らない人々の間でも、秩序をつくるという行動を通して協同性や連帯性が生まれる。生きている系にはみな、このような動的協力性が働いて秩序を形成している。
  • 仏教: 仏教の自然観の中には「社会」という階層が入っていない。社会という構造を思想体系の中に取り入れることを落としてきたところに、今日の仏教が社会に対して有効な働きを与えることができない原因がある。
  • キリスト教: キリスト教で描く人とその社会は、「着物」を着ていない理想気体のような「裸の人間」とその集団のよう。<神―人間―他の生物>という縦の階層構造が、仏教で描く、人と他の生物が横の関係にあり協同して大きい秩序をつくるという見方や自然の捉え方と際立った対象を見せている。

第Ⅱ部
第1章 生命的調和の世界
  • 生命システムが本質的に創造的な存在であることは、さまざまな「フィードフォワード・ループ」によって大きな生命体の(意味的な)時間と空間の中に、固有の位置をつくりだすことではないか。
  • 不均質な要素からできたシステムの中で「秩序」ができるためには、要素が多様な内部自由度を持ち、その多くの自由度のうちのある部分を協力しあって拘束することによって、他の多くの自由度を開放することができる。
  • 生命関係学(バイオホロニクス): 生命システムの多様な複雑性とそこに自己組織される秩序の多様性から生命の働きを生成的、関係的に捉えていく試み。関係子には、内部に異なる機能を持つ多くの状態があり、その内部状態が他の関係子との関係性によって選択されるので、1つの要素がシステムの状況に応じて多様な機能を発揮できる。

  • 自己の世界に環境から入ってくる混沌とした情報の中にさまざまな法則性を見出して、未来に創造的に対応していくことは、自己の世界の中で新しいセマンティック(意味論的な)情報を生成していくことを意味している。
  • フィードバック型社会: 日本人の創造性は、マクロな状況への適応を主としたフィードバック面で発揮されてきた。行動目標は初めから与えられているので、行動をするための「ハウ・ツー」が重要な問題となる。⇔フィードフォワード型社会(欧米型社会)
  • セマンティック・ボーダー: 動物や人間は、さまざまな情報障壁を設けて、多くの情報を排除して法則性を発見することが可能な程度の情報量をその内側の世界に取り込んでいる。要素的な情報群の中に発見される無数の法則性に対し、自己の世界の意味的な境界(セマンティック・ボーダー/意味的な拘束条件)を導入することによって法則性を取り出す。
  • 企業哲学: 企業哲学または企業文化と呼ばれているものは、情報の中にその企業が欲しい(意味をもつ)情報を発見したりつくったりするための拘束条件ともいえ、企業のセマンティック・ボーダーに相当する。
  • 継時的一体感: 内部世界を支配している自己意識には、時間的な継続性をともなう統一的な一体感があるが、この継時的一体感は、その世界の内部の諸情報が、さまざまなホロニックループのネットワークによって過去から現在に至る時間を繰り込みながら連続的に統合されていることからきている。
  • 自己のセマンティクス(意味的秩序)によっては規定できない新しい様相を絶えず示し続けるindefiniteな環境の中で生きていくためには、絶えず新しい法則を発見したり創造したりしながら、フィードフォワード制御を続けていくことが必要になる。そのためには完結に向かう自己のボーダーを絶えず不確定化し、自己の内部に不完結な状態を生成し続けていることが必要になる。

  • セマンティック・ボーダーの設定は、フィードフォワード制御のための法則性をつくるのに必要。
  • コミュニケーションで最も大切なことは、無意識の領域で重なり合う共通のセマンティクスを持つこと。それまでの世界の論理より1つ上の問題を拘束条件として共有すると、自己の世界の不完結化が起きる。そして共有した目的に向かって協力することによって無意識の領域で互いに繋がることになる。
  • 環境には、物理的な環境と、セマンティックな環境の両面がある。「生物は情報を発信し、情報を受信し続ける存在である」との考えのもと、後者を(情報の)「場」と定義。
第2章 関係子とは何か
  • 生命関係学: さまざまな種類の多義性を持つ要素(多様性のある性質を持つ要素)である関係子が互いに協力しあって、状況に応じて性質の異なる動的なネットワークをつくりながら、不確定な変化をする環境の中で自律的に自己制御をしていく原理を解明しようとするもの。
第3章 脳の働きと関係子
  • 認識: それ自身は意味を持っていない外来信号(シャノンの情報)の集まりを、意味(論)的な情報である図(figure)と地(background)とに分けて、意味を見出すことを基本にした行為。
あとがき
  • 「生きている状態」にあるシステムは情報を生成しつづける。
  • 「場」は、さまざまなレベルの関係子の集まりが持つ「情報生成装置」であり、その重要な特徴の一つは、それが情報の散逸システムになっていること。ミクロレベルの情報が絶えず生まれ、散逸され、その散逸の過程で一部の情報が統合され、マクロレベルの情報=場の情報が生成される。
  • 関係子の集まり(組織)では2種類の情報が生成される。①場の情報の生成。各関係子が全体と調和する形で自律的に自己制御するために必要な情報。②「意味とその境界を決める情報」の生成。これによって「全体」の範囲が決まる。