ダイアローグ160817

“全員経営”が切り拓いた成功への道


[この本に学ぶ]
小倉昌男 経営学
小倉昌男著
日経BP社(1999年)


行政の厚いカベと闘いながら、「個人宅配」という新たな巨大市場の開拓・構築に成功したヤマト運輸の元社長である小倉昌男氏が、その半生を振り返りながら綴った実践経営学。“宅急便”はどのようにして生まれ、急成長してきたのか。そしてそれは、どのような理念の下に成し遂げられてきたのかを、つぶさに学ぶことができます。

カギとなるのは、まず『宅急便開発要綱』に書かれた「需要者の立場に立ってものを考える」という基本的な考え方。この理念の下、“サービスが先、利益は後”という標語が掲げられ、「需要者にとってのサービスレベルの向上を何よりも優先する」という方針が貫かれました。

また、こうしたサービスを実現するために採られた「全員経営」の理念は、宅急便を成功へと導いた何よりのカギということができます。「全員経営」とは、全社員が同じ経営目的に向かい、同じ目標を持つが、目標を達成するための方策は社員一人ひとりが考えて実行する、つまり社員の自主的な行動に期待する。社員に目標は与えるが、会社側はやり方について命令したり指図したりせず、社員がその成果に責任をもって行動する、というもの。

最前線の現場にあって、荷物の集配から営業、集金などさまざまな業務を担いながら顧客と直接接するSD(セールスドライバー)は、宅急便を担う中心的存在であり、現場で発生した問題に対し、とっさに判断し行動しなければならない。センターに電話して所長の指示を仰ぐようでは、お客様の要望に応えられない。SDは、いわば「寿司屋の職人」のようにお客さんに接する存在であり、またサッカーでいえば優秀な「フォワード」のように最前線に立って得点を稼ぐ存在であらねばならない――。そうした考えで採り入れたのが「全員経営」の理念であり、その徹底のため、例えば組織図の画き方も、サッカーチームのメンバー表のように、一番上にフォワードであるSDの名前を連ねて画き、一番下のゴールキーパーの支店長の名前を置くように変えたとのことです。

「サービスが先、利益は後」「全員経営」――そうした経営者の信念こそが、組織全体を「やる気ある社員集団」へと変え、宅急便事業の比類なき成長を実現したことを、この本は私たちに教えてくれます。




第1章 宅急便前史
第2章 私の学習時代
  • パートナーシップ経営を標榜する上智大学社会経済研究所・篠田雄次郎教授の講演から「全員経営」という概念を学んだ。
  • 共同体経営=パートナーシップ経営とは、経営者と労働者が対等に力を出し合って企業活動をやり、その成果を両者で分配するというもの。従業員が自主性を高め、自己管理をしていくことに特色がある。そのためには、経営に必要な情報を同時に従業員にも提供し、同じ目的意識を持たせることが必要である。自発性を高めるためには、社内のコミュニケーションの改善、小集団の活用、経営の成果の配分が必要である。
  • 仕事の際に従業員が上司の監督下を離れ、外に出ていくのが必然である運送業では、個々の従業員が経営目標に向かって自発的、自主的に行動してくれることはありがたいと思い、パートナーシップ経営に非常に興味を覚えた。
第3章 市場の転換――商業貨物から個人宅配へ
第4章 個人宅配市場へのアプローチ
第5章 宅急便の開発
  • 新事業のコンセプトを「宅急便開発要綱」にまとめた。「基本的な考え方」は以下のとおり。
    1. 不特定多数の荷主または貨物を対象とする
    2. 需要者の立場に立ってものを考える
    3. 他より優れ、かつ均一的なサービスを保つ
    4. 永続的、発展的なシステムとしてとらえる
    5. 徹底した合理化を図る
  • 役員会による開発要綱の承認を受け、若手社員約10名によるワーキンググループを編成した。労働組合の代表にも参加してもらった。
第6章 サービスの差別化
第7章 サービスとコストの問題
  • 宅急便を開始するとき、支店長を集めた会議の冒頭でこう言った。「これからは収支は議題としないで、サービスレベルだけを問題にする」。そして全員に対して“サービスが先、利益は後”という標語を示し、「これからはこのモットーを金科玉条として守ってほしい」と宣言した。まず良いサービスを提供することに懸命に努力をすれば、結果として利益は必ずついてくる、というのがこの言葉の本意である。
第8章 ダントツ三ヵ年計画、そして行政との闘い
第9章 全員経営
  • 「全員経営」とは、全社員が同じ経営目的に向かい、同じ目標を持つが、目標を達成するための方策は社員一人ひとりが自分で考えて実行する、つまり社員の自主的な行動に期待する。社員に目標は与えるが、会社側はやり方について命令したり指図したりせず、社員がその成果に責任をもって行動する、というものである。
  • 宅急便と郵便小包のサービスの違いは、ヤマトの社員は、目的をはっきり理解していて、その達成に責任をもっているという点。自分の集荷した荷物が翌日間違いなく宛先に配達されるか、責任をもって仕事をしている。リレーのチームで、メンバーの一人ひとりがチームの勝利を目指して最善を尽くすのと同じである。
  • 宅急便のセールスドライバー(SD)は、優しく親切な人が多いといってお客様にほめられることが多い。サービスは受けるお客様の立場に立ち、どうすべきかを判断し実行するという、ヤマト運輸の企業文化が社員に沁み込んでいるからだと思う。「全員経営」の精神は、ヤマトの企業文化である。
  • 宅急便を担う中心的存在は、現場で顧客に接するSDである。SDは荷物の集配、営業、集金などひとりでさまざまな業務をこなさなければならない。まさに「寿司屋の職人」のような働き方が求められる。…当初は文句を言っていた古株ドライバーも、お客様から「ありがとう」とお礼を言われるようになってから様子が変わった。商業貨物を運んでいた彼らは、それまで貨物を配達に行ってお礼を言われた経験がなかった。
  • 私はSDに対して、お客に好かれる「寿司屋の職人」になって欲しいと希望すると同時にサッカーチームの優秀な「フォワード」になってほしいと注文した。SDは、サッカーのフォワード同様、現場で発生した問題に対し、とっさに判断し行動しなければならない。センターに電話して所長の指示を仰ぐようでは、お客様の要望に応えられない。
  • 組織図の書き方も変えたサッカーチームのメンバー表のように、一番上にフォワードであるSDの名前を連ねて書き、一番下のゴールキーパーのところに支店長の名前を置くように変えた。
  • 俺が社長なら会社をこうする。俺が課長ならやり方を変えてこうやる――。赤提灯で会社の悪口を言うのは、むしろ会社が好きな証拠ではないか。経営に参画することは、社員に働き甲斐を与えることだ。働き甲斐は、日本人にとって生き甲斐である。
  • やる気のある社員集団をつくるキーワードは「コミュニケーション」である。具体的にはまず企業の目的とするところを明確にする。そして戦略としての会社の方針を示す。その上で戦術としてのやり方は各自に考えさせる。しかもなぜそうするかを納得のいくように説明する。
第10章 労働組合を経営に生かす
  • 管理職は、都合のよい報告はするが悪い報告はしない。社長は孤独である。その孤独とそこから派生する弊害を補ってくれるのが労働組合なのである。労働組合がなければ責任をもった経営はできない。…労使問題の核心は、社員が労働組合員の立場に立ったときも、従業員としての本音で語り、行動するようになってもらうことである。
  • 宅急便を始めるにあたり、会社と組合は「運命共同体」だという意識を持ってもらうことを、組合対策の基本に据えたいと思っていた。…労働条件向上の方針と目標を労使で共有する代わり、それを実現する方策も共同で責任を持つ。社内にこの考え方が定着するにつれ、労使の一体感は強まっていった。
第11章 業態化
第12章 新商品開発
第13章 財務体質の強化
第14章 組織の活性化
  • 企業は、多くの社員が集まり、共通の目標に向かって協働する組織、ということができる。…フラットな組織は、利益責任を第一線に近いところまで下げることを意味する。それによって、社内のコミュニケーションがよくなり、経営にスピードが出るとともに、第一線の社員にやる気が起きてくる。
  • 社員が一生懸命働いているのは、自分の仕事を認めてもらいたいからである。だからそれを公正に評価する人事考課というのは、非常に大切なものだ。
第15章 経営リーダー10の条件
  1. 論理的思考
  2. 時代の風を読む
  3. 戦略的思考
    戦術は、日常の営業活動において競争に勝つための方策であり、戦略は、経営目標を実現するための長期的な策略である。
  4. 攻めの経営
  5. 行政に頼らぬ自立の精神
  6. 政治家に頼るな、自助努力あるのみ
  7. マスコミとの良い関係
  8. 明るい性格
  9. 身銭を切ること
  10. 高い倫理観
    企業が永続するためには、人間に人格があるように、企業に優れた“社格”がなければならない。人格者に人徳があるように、会社にも“社徳”が必要なのである。
    企業の存在目的は、端的にいえば、地域社会に対し有用な財やサービスを提供し、併せて住民を多数雇用して生活の基盤を支えることに尽きると思う。企業とは地域の人を喜ばす存在であるべきで、それでこそ社会的存在ということができる。
    私が会長職を退くことになった1995年、「ヤマト運輸企業理念」を制定した。この企業理念は、まさにヤマトが社徳の高い会社を目指すための目標であり、宅急便事業を通して地域社会に貢献する宣言である。