ダイアローグ160605

ゼロサム・ゲームとの決別


[この本に学ぶ]
『コーポレートブランド経営』
伊藤邦雄著
日本経済新聞社(2000年)


「経営理念(企業理念)」と密接な関係にある概念に「ブランド」があります。そのうち、プロダクトブランドはいささか性質が異なるものの、コーポレートブランドは相当近接する概念だといえます。両者はどのような関係のものとして理解すれば良いのでしょうか?

本書で著者は、両者を<図>のような関係として説明しています。つまり、①コーポレートプランドに企業理念・ビジョンを象徴させる。そして②コーポレートブランドを基軸とした仕組み・仕掛け作りを通じて顧客価値・従業員価値・株主価値の最大化を目指す。③顧客起点のバリューチェーン・活力や結力・利益シェア向上により、顧客満足・従業員満足・株主満足の最大化を目指す――という関係のもと、企業理念をコーポレートブランドとして体現し、それを媒介として企業価値(顧客価値・従業員価値・株主価値)の最大化を図る。つまり両者の関係は、企業理念を「体現したもの」がコーポレートブランドだ、ということになります。
「企業理念」と「コーポレートブランド」との関係は、上記が適切な理解だと思います。一方、本書では「企業理念」と「ビジョン」とがほぼ同義の概念として使われています。ここら辺りは、論者によってさまざまな使い方が為されているのが実情ですが、私自身はこれらに以下のような意味上の違いを設け、区分して使っています。
  • 基本理念: 基本的価値観と基本的目的によって構成される。企業の内側から見た実在する信念や信条であり、「理想像」の要素は含まれない。
  • ビジョン: 基本理念をベースに、当該組織がめざす「理想像」の要素を含めて表現したもの。経営理念とコーポレートブランドとを結びつける役割を果たす。
  • コーポレートブランド: 顧客や株主からどう見られたいかという組織の内側から見た「理想像」の要素と、顧客や株主から実際どう見られているかという「イメージ」の要素の両面を備える。
すなわち、「因果」の関係でいえば、基本理念が「因」、コーポレートブランドが「果」であり、この両者を結ぶのがビジョン。また「視点」の違いでいえば、基本理念とビジョンは「組織視点」、コーポレートブランドはこれに「顧客視点」が加わったもの、と私は理解しています。

以上のような理解のもと、当事務所では、「経営理念に基づく経営戦略の展開」をこちらのような枠組みのもとに、その全体像を捉えています。

コーポレートブランド価値の増大を目指す「コーポレートブランド経営」。本書の著者は、その意義の大きな一つに「ゼロサム・ゲームとの決別」を挙げます。本書が出版された2000年当時は、「会社は誰のものか?」という議論が盛んに行われていた。即ち、株主重視の「アメリカ型」であるべきか、それとも従業員重視の「日本型」であるべきかとの議論ですが、コーポレートブランド経営は、こうしたゼロサム・ゲームを、企業価値創造というプラスサム・ゲームに転換する大きな契機になるものだ、という主張です。見逃せない視点だと思います。




  • コーポレートブランド経営(=コーポレートブランドを中心とした経営)は、顧客、株主、従業員すべての価値を高めるという「トレードオン」の結果を目指すもの。
    • 会社は「従業員のものか」「株主のものか」というゼロサム・ゲームの呪縛から解き放たれ、企業価値というプラスサム・ゲームへの移行を可能とするもの。
  • コーポレートブランドの最大の役割は、自社と他社とを区別させ、圧倒的な存在感を確立すること。
    • コーポレートブランド経営は、顧客・株主・従業員を「連結環」でつなぎ、シナジーを創りだすことによってこれを可能にする。
  • 「コーポレートブランドを経営する」とは、コーポレートブランドがもつ「理想像」と「イメージ」の乖離をどう調整しバランスをとっていくかということ。
    • コーポレートブランドには、①企業の内側からみた理想像(顧客をはじめとする周りの人々からどう見られたいか)と②企業のイメージ(顧客や株主からどう見られているか)という2つの側面がある。
    • まずは何を目的に経営するのかというビジョンを明確にし、それをコーポレートブランドに体現させる。そして次に、コーポレートブランドを媒介として、それを企業価値に結び付けていく。
  • コーポレートブランド経営は、かつての日本企業で行われていた「のれんを守る」経営に通じるもの。
    • 伝統の「のれん」に、株主価値と将来へのビジョンという新しい色を加え、染め直す必要がある。