――「経営理念」は、会社経営のなかで、どのような役割を果たすべきものなのか? それが十分に機能した場合、どのような効果がもたらされるのか?
私が「経営理念」をライフワークと心に決め、当事務所を開設したのは、友人から次のような相談を受けたのがきっかけでした。友人の娘さんは、大手の生命保険会社で事務職として働いているのですが、家へ帰ると毎晩のように「あー疲れた。仕事、つまんない」と不平たらたら。「娘につける何かいい薬はないかね?」というのが、件の相談でした。
巨大組織の中にあって、そのほんの一部分の業務だけを担う若い事務職社員にとっては無理からぬ話ではありますが、その娘さんは、自分が働く会社はいったい何をやっている会社なのか、世の中のためにどんなことで役立っているのか、その「全体像」が見えていない。だから自ずと、自分がやっている仕事の「意味」も見出すことができない。人間、自分がやっていることの意味や価値を見いだすことができないほど虚しいことはありません。だから毎晩「あー疲れた。仕事、つまんない」ということになるのだと思います。
かといって、若い事務職社員にいきなり「経営者の目を持て。経営者の目をもって会社の全体像を俯瞰すれば、君の仕事の意味も見えてくる」といっても話は通じない――。そんなとき、「娘につけるいちばんいい薬」になりうるのが「企業理念」だと私は考えます。
昔、社内報コンクールの審査員としてある生命保険会社の社内報を読んでいたときのこと。誌面から発せられる素晴らしいメッセージ性に感心し、その背景を知ろうと同社のウェブサイトを訪問したところ、そこには創業者である盛田昭夫氏の創業理念が堂々と謳われていた。いわく「一人ひとりのお客さまの人生が異なるように、保障に対するニーズも十人十色。それを的確に把握し、解決手段を提示するためには、崇高な理念と強い信念、豊富な知識と経験が必要」「世界中どこにもない理想的な保険会社をつくる」と。
件の娘さんが勤める会社は、この盛田氏が創業した会社とは異なりますが、生命保険会社が社会のなかで果たすべき役割の本質にそれほど大きな違いはないはず。両社の最大の違いは、そうした理念が、どこまで言語化され、意識化され、社員間で共有されているか否か。つまりは「企業理念」という道具立てが、経営のなかでどこまで上手く活用できているか否かの違いにあるのであり、盛田氏が創業した会社は、ご質問にある「経営理念がもたらす効果」の好例として挙げられると思います。