ダイアローグ190403

“オーケストラ的意識”を企業で育てる


[この本に学ぶ]
オーケストラ・モデル  多様な個性から組織の調和を創るマネジメント
クリスティアン・ガンシュ 著
CCCメディアハウス(2014年) 


著者のクリスティアン・ガンシュは、ヴァイオリン奏者を皮きりに、指揮者、音楽プロデューサー、さらには経営コンサルタントとして、それぞれ超一級の活躍をしてきたオーストリア生まれの多才な人。現在はドイツ語圏内の企業を中心としたセミナーで人気を博している。

本書『オーケストラ・モデル』が狙いとするのは、一般企業に「オーケストラ的意識」を移植し、「オーケストラ的企業文化」を育てること。オーケストラは、“多様性からなる単一性”を具現化することによって美しいハーモニーを作り出している組織体であり、そのコミュニケーションの方法論、すなわち「オーケストラ・モデル」を学び身につけることは、一般企業が成功を収めるうえでもきわめて有効な方法たりうる、というのがガンシュの主張であり確信だ。

「オーケストラ・モデル」を身につけ、成功へと導くカギは「意識」の変革にある。オーケストラは“企業の縮図”といってよいほど、内部構造自体は一般企業のそれと何ら変わらないというが、根本的に異なるのがメンバーの「意識」。したがって、その「オーケストラ的意識」を移植し磨くことによって、優れたコミュニケーション文化を育てていこうというのがガンシュの狙いだ。

「オーケストラ的意識」とはどのようなものか。また、こうした意識を欠くことが一般企業にどのような弊害をもたらしているのか。本書の記述から、そのポイントを抜き書きしてみると――。

オーケストラのメンバー全員が持つ意識とは、全体が一体となって作り上げる目標に、部門の枠を超えて、すべての部門に通用する解決戦略のみが成功に通じる、というものだ。そのため、各パートリーダーは絶えず、互いに調整し合う。その目的は、音楽の複雑な内容を、統一された言葉で再現することにある。

企業と同じくオーケストラでも、各部門はそれぞれ異なる利害を代表し、熱心に追求する。したがって日々のリハーサルでは、全員が一致結束して、それぞれの個人的な問題を引っ込めておくわけではない。それどころかその逆で、部門同士の大きな摩擦があるからこそ、全員で支えられる技術上の解決策が生まれる。

持続的な解決策は、全体による絶え間ない相互作用を土台とし、個々のさまざまな利害を超えて初めて生まれる。オーケストラのメンバーには、この態度がほとんど無意識に内在しているが、企業の社員には欠如していることがよくある。

オーケストラでは軋轢は日常茶飯事で、それらを誠実に穏やかな笑顔によって消去したり抑圧したりすることはできない。他の社会組織との根本的な違いは、メンバー同士がいつも友好的でポジティブな気持ちで接しなければならないという厄介な全体的圧力がないところにある。よい職場環境を持ち、率直に摩擦と取り組み、反感を当たり前のことと受け止めるだけでなく、情熱をもって対処することである。

企業内では、チームワーク能力を持ち、率直で親切で優しいという印象を与えるべきという行動規範が支配的だ。そして、それが社員に大きな負担を与えるため、長期的には摩擦が生まれる。オーケストラのメンバーは、反感を示すことが許されている。咄嗟に喧嘩腰の話し方をしても、誰も驚かない。つまりオーケストラは、メンバーがいつも穏やかにほほ笑み合い、現実離れした偽りの調和を土台として活動しているのではない。

多大なエネルギーを費やして人間関係の事実を否定することをやめなければ、同僚に対して心からの敬意を抱くことはできない。自分の環境の中で自由に感じ、見せかけの調和のためのネガティブな感情を締め出さなければという気持ちから脱すれば、リラックスするとともにインスピレーションが生まれる。

日本人的な感覚からするといささか違和感を覚える部分がなくはないが、要は、一般企業にあっては誰もが見て見ぬふりをして放置する「偽りの調和」をそのままにしておいてはいいハーモニーは生まれない。いつかは必ず破綻を招く。だから、そうした事態を未然に防ぎ組織の持続的な成長を果たしていくためには、自分たちのパートだけでなくすべての部門に通用するホリスティックな解決を見出そうとする「オーケストラ的意識」を育てることが有効な解決策になる、というのがガンシュの本書を貫く主張だ。

ところで、オーケストラにあっては、どうしてこうした意識が自然と育つのか? 本書では「オーケストラと企業の持つさまざまな問題点はよく似ている。ただ、オーケストラでは空間が狭いために、そうした問題が即座に、また容赦なく露呈される」と説明されるが、それに加え筆者(馬渕)は次のようにも考える。

一般的な組織にあっては、ある人のある行為が結果(成果)となって現れるまでには通常長い時間を要す。またその間、さまざまな人によるさまざまな要素も複雑に影響を及ぼすため、因果関係をクリアに特定するのがきわめて難しい。さらには、結果そのものも明確なカタチとなって現れることはむしろ稀。そうした曖昧性を伴うため、各人は各様に自分に都合の良い解釈ばかりを行って、組織の全体に対して考えを及ぼすことは滅多にない。

一方、オーケストラの演奏にあっては、ある人のある行為(演奏)ならびにそれが全体に及ぼす影響は、「音」という明確なカタチとなって自分にも他のメンバーによっても瞬時に認識される。誤魔化しは効かない。ゆえにマズイ演奏に対しては、修正しようとの意識が即座に働く。つまり、オーケストラは、行為の結果が明確なカタチで瞬時にフィードバックされるシステムだと考えられる。

そして両者のその差異は、組織の経営者レベルではさらに拡大する。即ち、オーケストラ組織の経営者たる指揮者は、上記のようなフィードバックに絶え間なく晒される経験を重ねるが、こうしたフィードバックを得ることの少ない一般企業の経営者は、“自己流”に修正を加える機会もきわめて限られる、といえるのではないか。

そう考えると、「オーケストラ・モデル」は、マネジメントの良し悪しについてのフィードバックを瞬時に得られる“超高速シミュレーションマシン”として、一般企業でもきわめて有用なツールたりうるのではないか、と思われる。




はじめに
  • 重要なのは、ヴィジョンを持ち、それを日々実行することによって向上するような、健全な企業文化を作ること。それを実現するためには、意識を変えなければならない。本書ではオーケストラという組織におけるコミュニケーションを例にとって、どのような意識が必要かを説明する。[1]
  • 組織全体の統一性と個人の多様性は共存できることを示したい。関係者全員をいわば「画一化」することによって全体の調和が生まれるという考え方は、人間の性質を否定しているため、組織を誤った方向に導く。[1]
  • チェイビダッケは、…わざとらしいそぶりはなく、音楽の本質に全身全霊を集中させている。メンバーの間に好奇心に満ちた活発な相互作用が展開し、全員が絶えず関係を変化させながら、複数の旋律や和音が同時に進行していく。メンバーは互いに音を聴き合い、指揮者が全体を聴いてそれに反応する。それこそまさにオーケストラ文化だ。[4]
1.オーケストラという「企業」
  • オーケストラは均質な響きを生むが、その土台は各メンバーの持つ強い個性による多様性にある。[21]
  • オーケストラ全体の調和は、実は外見にすぎない。外から見るとオーケストラは統一された組織だが、内部構造はとても複雑で、企業と思いがけない共通点がいくつもある。[22]
  • オーケストラのパフォーマンスは相互作用の連続なのだ。こうした絶え間のない相互作用は<交響曲の持続性>と呼ぶことができる。[30]
  • 私たちは自分の部門に所属意識を持つ。そうすることで自分の価値を定義して、他と境界線を引く。[52]
2.個人からチームへ
  • オーケストラと企業の持つさまざまな問題点はよく似ている。ただ、オーケストラでは空間が狭いために、そうした問題が即座に、また容赦なく露呈される。[66]
  • オーケストラのメンバー全員が持つ意識とは、全体が一体となって作り上げる目標に、部門の枠を超えて、すべての部門に通用する解決戦略のみが成功に通じる、というものだ。そのため、各パートリーダーは絶えず、互いに調整し合う。その目的は、音楽の複雑な内容を、統一された言葉で再現することにある。[76]
  • 企業と同じくオーケストラでも、各部門はそれぞれ異なる利害を代表し、熱心に追求する。したがって日々のリハーサルでは、全員が一致結束して、それぞれの個人的な問題を引っ込めておくわけではない。それどころかその逆で、部門同士の大きな摩擦があるからこそ、全員で支えられる技術上の解決策が生まれる。[77]
  • 持続的な解決策は、全体による絶え間ない相互作用を土台とし、個々のさまざまな利害を超えて初めて生まれる。オーケストラのメンバーには、この態度がほとんど無意識に内在しているが、企業の社員には欠如していることがよくある。[78]
  • オーケストラでは軋轢は日常茶飯事で、それらを誠実に穏やかな笑顔によって消去したり抑圧したりすることはできない。他の社会組織との根本的な違いは、メンバー同士がいつも友好的でポジティブな気持ちで接しなければならないという厄介な全体的圧力がないところにある。よい職場環境を持ち、率直に摩擦と取り組み、反感を当たり前のことと受け止めるだけでなく、情熱をもって対処することである。[79]
  • 企業内では、チームワーク能力を持ち、率直で親切で優しいという印象を与えるべきという行動規範が支配的だ。そして、それが社員に大きな負担を与えるため、長期的には摩擦が生まれる。オーケストラのメンバーは、反感を示すことが許されている。咄嗟に喧嘩腰の話し方をしても、誰も驚かない。つまりオーケストラは、メンバーがいつも穏やかにほほ笑み合い、現実離れした偽りの調和を土台として活動しているのではない。[80]
  • 多大なエネルギーを費やして人間関係の事実を否定することをやめなければ、同僚に対して心からの敬意を抱くことはできない。自分の環境の中で自由に感じ、見せかけの調和のためのネガティブな感情を締め出さなければという気持ちから脱すれば、リラックスするとともにインスピレーションが生まれる。[83]
  • 社内に停滞感が続いた場合、個々の社員またはリーダーによる「挑発」が効果的である。挑発は、自分の能力を見せつけるためではなく、チームの苦悩を解決するための、真剣に問題と取り組むものでなければならない。そうした挑発は、豊かなエネルギーを次々と生む。[87]
  • 従来の方法や戦略に疑問を投げかけることは、組織全体を活発にする豊かな水源である。オーケストラのメンバーは刺激を求める。なぜなら、狭い空間で活動する集合体の中で、各メンバーの創造性を維持するものが刺激だからである。これによって、チームは活発かつ率直になり革新性を持ち、打てば響く状態が保たれる。[90]
  • 「経験」は石に刻まれているわけではない。経験をもっと積もうという心構えのある人は、新しいものに対する柔軟さや率直さを失うことはない。[93]
  • 相互に関連しあう様々な要素からなる、多様性に富む組織では、たくさんの音が集まって一つの響きを作る。各メンバーが自分の可能性を持ち寄って、それらが一つの響きとなる。同等の権利ももつさまざまな音色が、力関係を次々と交代しながら互いにコミュニケーションするのがオーケストラの仕組みだ。[100]
  • 新しい構造や構想を導入して実行するとき、関係者全員を説得し、「迎えに行って」「一緒に連れて行く」ことができる、という考えは非現実的である。共同決定権には境界線を引く必要がある。[101]
3.理想のチームワーク
  • チームワークという概念を正しく理解するなら、個性をクロークに預けることなく、自分の能力をチームのために発揮することである、と私は考える。真のチームワーク精神とは、メンバー一人ひとりが異なる個性、能力、エネルギー、見解を持ち寄ると同時に、全員が共通の目標を追うべきだと自覚することにある。[108]
  • 大切なのは、いつも相互に話し合い、反応し合うことによって、力を結集させることだ。これがなければチームワークは成り立たない。[109]
  • 優秀な社員の関心は専門分野における難題に取り組むことであり、競争相手との駆け引きや陰謀ではない。彼らはこうしたことを時間の無駄と感じる。一方、能力がやや劣る人たちの大半は、専門分野以外の方法で昇進しようと試みるが、ここで見事な腕前を発揮する人もいる。[114]
  • チームをオーケストラ化すること。目標は、さまざまな性質や気性の社員を代わる代わる活躍させることだ。[117]
  • オーケストラは、多様性から成る単一性を具現化している。多様性は人間の真実であって否定できない。調和をもたらすために多様性を否定すれば、緊張や摩擦が生じる。[120]
  • チームの仲間に恥をさらしたくないという気持ちから行動している人がほとんどなので、進歩や成功をもたらすことのない破壊的プロセスが始まる。なるべく恥をかかないための言動によって、気づかないうちに専門レベルをどんどん落としていく。調和と合意が暗黙の目標となり、イノベーションは視野から消える。[121]
  • メンバー間の落差がないチームというのは、偽りの調和を求めて特殊性を取り去り、平均化された人たちの集まりだ。音響のコントラストがないヴェイオリン一色の空は、味気ない荒涼としたパラダイスである。[122]
  • こうした社会的要求は、強い緊張を生んで専門分野で豊かに結実することはなく、困ったことに、人間関係にはけ口を見つける。だが、それよりもさまざまな階層の社員が協力しあい、多種の響きがまとまって全体の音響を生み出すオーケストラ的企業文化を作るのが好ましい。[122]
  • 優秀な社員に対して「チームワーク能力」を持てという要求は、平均レベルに合わせる苦行をせよ、と命じられるのに等しいことも多い。しかもその理由は、往々にして他の社員を不安にしたり焦らせたりしないためだ。チームワーク能力の誤った解釈のために、企業に潜在する革新力がどれほど失われたことか。[124]
  • オーケストラ演奏の基礎は、常に互いに聴き合うことにある。この決定的な要素なくして演奏は成り立たない。互いに聴き合うのは、率直で自由な精神状態、自分の行為から独立した注意深さの状態である。[125]
  • 楽器奏者は、今この瞬間に自分がオーケストラのどの位置にいるか、何の役割を担っているか、ということを知らせるシグナルを、演奏中休みなく受け取っている。また、他のメンバーも自分の音を常に聞いていて、それに反応してくれることを知っているので、安心してパフォーマンスができる。音楽家のセンサーは、受信と送信を同時に行っているのだ。[125]
  • 全員の高い緊張によって新しい側面が生まれ、それが展開することもよくある。ただし、最初の構想に逆らうのではなく、その上に構築される形で展開する。つまり、全員が相互作用意識の状態にあるとき、言い換えるなら、受信と送信を同時に行っている状態のときにのみ可能な、意味のある継続的発展だ。[128]
  • コミュニケーションをうまく機能させるためには、活発な相互作用によるしかない。つまり、優れたコミュニケーション文化への道を切り開くためには、個々のメンバーがオーケストラ的意識を磨くしかない。全員が一体となって演奏するイメージを、全社員が持ち続けるべきである。[130]
  • 内部で調和している部署だけが、他の部署とオーケストラ的に協働するための十分なエネルギーと、それに必要な内部の自由を持つ。つまり、受信と発信が同時にできる状態にある。逆に、あるパート内で意見が分かれて対立していれば、そのパートはその時点で自分たちのことしか頭にないので、オーケストラ全体の相互作用から外れている。[132]
  • 各パート内の人間関係がうまくまとまれば、パートという枠のない有意義な相互作用が実現する。[133]
4.指揮者のマネジメント術
  • 指揮者の役目はガイドラインを示すことだ。つまり、前もって構築しておいた作品のヴィジョンをオーケストラに伝えることにある。指揮者は、曲についての自分の構想を、細部一つひとつのニュアンスに至るまで、漏れなくオーケストラのメンバー全員に伝えようとしている。自分の解釈を明確に示そうという指揮者の要求が、オーケストラの基礎を形成している。[138]
  • オーケストラのメンバー全員が同等の権利をもって自己実現すれば、混乱にしかならない。全体を貫くヴィジョンを把握し体験できるようにする構造が伝わってこないからである。意味が曖昧だったり、解釈の可能性がいくつもあったりしたりして理解できない場合、顧客はそれを買わないし、聴衆は受け付けない。[140]
  • リーダーの任務は、すべての複雑な相互作用や利害を一つの目標に調整することにある。上位にある目標に奉仕することが個人の成功につながる、と社員が意識していなければならない。[142]
  • ドイツでは、リハーサルが始まってものの数分もしなううちに、オーケストラ内部の深いところから不機嫌な囁き声が聞こえてくる。なぜ、このような破壊的な態度をとるのだろうか。それは、内容やアイデアやヴィジョンとは無関係の権力争いのためだ。構想の良し悪しは問題にされず、権力争いそのものが内容となってしまう。[146]
  • 「真の実力」の5条件: ①効果狙いや行動主義を避ける、②成功を定義する、③物事に役立つ価値を見つける、④休息はリーダーシップを向上させる、⑤信念を持つ[148]
  • ①効果狙いや行動主義を避ける: 「音楽作品を解釈するとき、曲の冒頭に終結部を含み、終結部に冒頭を含まなければならない」。これは要するに、オーケストラを統括する指揮者が、起承転結から個々の楽器のフレージングや絡み合いを含む総合的な流れの根底に、全体を一つにまとめる支配的概念をおかなければならない、ということ。これに対し、聴衆受けする個々の効果を狙うことばかりに熱心な指揮は、全体を支配する統一性のない行動主義だ。[150]
  • リーダーとしての真の実力の本質的な要素は、人目を引くものではない。課題と真面目に、誠実に、一生懸命に取り組むこと。正直に内容を求めること。それを実現可能な構想として組み立てる努力。このような態度は必ず周囲に伝わる。[158]
  • ②成功を定義する: 芸術上の成功は、音楽の性質が聴衆の反応に反映することである。自分の経験をフルに活かして誠実に音楽の本質と取り組むこと。企業の場合は、ヴィジョンを最もうまく実現するために努力すること。これが、価値を重んじる優れた行為の重要な特徴だ。[160]
  • ③物事に役立つ価値を見つける: 価値とは生命を保つための基礎ではない。価値はいわば付加物で、ライフスタイルに活気を与える絵具のようなもの。そして、そこに深刻な問題がある。[164]
  • ④休息はリーダーシップを向上させる: 「音楽で最も重要なのは休符である」。行動主義と効果狙いの世の中、人生は義務的な約束ですっかり埋まる。誰もがそれに苦しんでいるのに、無視して一緒にやる。これでは悪循環、自己疎外のスパイラルだ。[169]
  • ⑤信念を持つ: 納得は、矛盾を通して形成される。心から納得するためには、基礎のしっかりした反論を明白に表現するしかない。いつも親切な理解を示して曖昧な寛大さで応えていたのでは、周囲が納得することはない。理解を容易にするには、明白な立場を示すしかない。オーケストラ一同が強く欲しているのは構想だ。[171]
  • 問題に完全に集中していると感じられれば、そのリーダーは真の実力を備えている。真の実力は、効果を求めるのではなく価値を重んじる。リーダーの行為を内側から動かしているのは何かということを、人は特に本能によって感じ取る。[179]
  • リーダーとして成功するためには、構想を組織全体に伝達し、現実に即して発展させる以外にない。統率という任務は決して一方通行ではない。[190]
  • 成功のためのモデルなどない。さまざまなタイプの指揮者がいる。
    <マリン・マゼール> オーケストラが表現すべきニュアンスを細部の細部に至るまでコントロールする超技巧的な指揮者。
    <ヴィルヘルム・フルトヴェングラー> 全体を支配する基本方針、つまり音楽の呼吸を重視する曖昧な指揮法。オーケストラのメンバー全員に主導権を持たせ、それを促すことによって、内部に強い結びつきが生まれて一つにまとまること。それと同時に、メンバーはこまごまとした技術的な問題にのめり込むことなく、芸術的内容に専心せざるをえない。
    <自己顕示型の指揮者> 
    <リハーサル熱心な指揮者>
    <リハーサル無関心型の指揮者>
    <カリスマ指揮者> 「オーラ」とは分析しがたいものだが、おそらく威厳、さりげなさ、物事の本質への集中、誠実さといったものの混合。彼を取り囲むのは自由のオーラ。自分自身やオーケストラに何かを証明する必要はない。彼の注意は100%音楽に向けられている。リハーサルで重要なのは、人間的および芸術的な「意味の同調」。音楽は調和した自然な方法で生まれる。そしてこの波は、オーケストラの内部でやはり調和して続行する。[192]
  • 成功への道はさまざまだが、どの巨匠にも一つだけ共通点がある。自分の道具をその都度構想に合わせ、構想に従属させるということ。戦略は目的を達する手段であり、それ自体が目的ではない。[203]
5.インスピレーション、そしてイノベーション
  • 「音楽で最も重要なものは楽譜に書かれていない」(グスタフ・マーラー)[215]
  • インスピレーションは、すぐにすべてを知ろうとしない状態に甘んじなければ生まれない。これは、模索の段階と、それに伴う不安定を受け入れることだ。[215]
  • このプロセスでは、こうしたいという明白な意思と、生じるがままに任せることのバランスが欠かせない。成り行き任せが大事なのは、意思がすべてをコントロールしていると、創造性がシャットアウトされかねないからだ。[216]
  • 創造性に対する自由があるほど、方向性がなくなる。つまり任意の要素が強くなる。その反面、自由の余地が少なければ、思考を働かせる方向や関連性が明白になる。[221]
  • 指揮者は音楽と完全に個人的な関係を築かなければならない。私のものさしは、完全に私のものといえる基本方針が見つかったときに感じる「音楽との一体感」である。[222]
  • 与えられる条件やプレッシャーや期待は、創造プロセスの基本的な要素である。それでもなお、与えられたテンポ内で自分自身のリズムを見出す勇気が必要だ。これが、長期的に意味を持つもの、つまり調和した成果が生まれるための土台となる。[225]
  • オーケストラでは、常に変化を受け入れる心構えのみが、持続性を生む。[229]
  • 音楽家は音楽に心身を注ぎ込み、力を消耗するが、自分の趣味や節度はきちんと保つ。つまり作品に常に「奉仕」するわけだ。[237]
  • 感情を存分に表出するのではなく、感情を取り入れるということ。これが基本的な相違である。取り入れられた感情は「人的要素」として任務の中に統合される。[238]
  • 事実や資料によって安定は得られるが、人がそれらの背後に隠れてしまいやすい。なぜなら、事実や資料は物事を明らかにするとともに、解釈の仕方によっては、かえって覆い隠すもののほうが多くなってしまうからだ。[239]
  • ビジネスでは、感情的な側面は重要な意味を持つ。なぜなら、ばらばらに存在する個々の事実を、「感情」が素晴らしい方法で全体的な印象にまとめ上げるからだ。事象に対して感情を持てば、個々の事実を並べるよりはるかに包括的で成功率が高い。[241]
  • ビジネスにおいては、対象物への情熱なしには創造性もアイディアも構想も存在しない。つまり、感情なしにはそれらは存在できない。感情は私たちの行為の原動力である。[242]
  • 感情は職業生活において、私たちを前進させるエンジンだが、しっかりコントロールして仕事の進行に統合しなくてはならない。[243]
  • 調和と統一性は、さまざまな個性を同一化することではなく、多様性を認めることによって生まれる。[244]
  • 感受性、つまり感じ取る能力が土台であり、情緒が結果である。まずは繊細に感じ取って、それから、そこに情緒を注入する。感受性のない情緒は素人芸だ。[245]